カレーと並んでロックの顔といえるのがビール。キリンビールで醸造開発責任者として「一番搾り」や「ハートランド」の開発に携わってきたビール職人・山田一巳さんを初代の醸造長としてスタートした八ヶ岳ブルワリーでつくられるビールは、数々のアワードでも賞を獲得しています。
そんな八ヶ岳ブルワリーのヘッドブルワーである松岡風人が今年2月、ベルギーへ行ってきました。ベルギーはさまざまなビールがつくられている国。そんなベルギーのビール事情を聞きながら、今年の八ヶ岳ブルワリーの展望について語ってもらいました!
実は日本に近い? ベルギービール文化
——2月頭にベルギー・ドイツに行っていたそうですね。今回はどういう目的で行ったんですか?
目的というか、今回はプライベートですね。去年から同じ山梨県内に醸造所を持つFAR YEAST BREWING(ファーイーストブルーイング)とコラボを始めたでしょう? ファーイーストはアメリカンスタイルとベルジャン(ベルギー)スタイルを掛け合わせたスタイルなんです。で、彼らがベルギーに研修で行くことになって、「どうせならドイツも行ってみようと思うんだけど、いっしょに行く?」って誘われて。「じゃあ行くか」って感じで。僕もベルギーのビールって現地で飲んだことなかったんでいい機会だなと思ったんです。今年もコラボビールをつくりたいと思っているので、ベルギービールについて知っておきたいし、単純に飲んでもみたかったですしね。
——ベルギーってビールも盛んなんですか?
ブルワリーは多いですね。「ヒューガルデン」とかってわかります? 白いビールなんですけど、それなんかはけっこう日本にも入ってきてます。ベルギーはドイツの隣接国なんですけど、ビール文化は全然違ってるんです。ドイツは麦芽100%のガチガチのビールばかりなんですが、ベルギーはフルーツビールとか自然酵母を使って長期間寝かせるビールとか、すごくいろいろなビールがある。ヒューガルデンにしても、コリアンダーやオレンジピールなんかが入っていたり。
——ドイツは本当に伝統が強い国というイメージですよね。
そうですね。ドイツはだいたい街ごとにつくっているビールが決まっているので。デュッセルドルフではアルトしか飲めないし、ケルンではケルシュしか飲めないみたいな感じです。ブルワリーは複数あるけど、スタイルは決まっている。ベルギーはそういう感じとは違いますね。飲み方にしても、ドイツはビールで始まって最後までビールですけど、ベルギーはビールから始まって2〜3杯飲んだらワインとかウイスキーに移っていく。
——その辺は日本に近い感じですね。
けっこう近いんじゃないですかね。食事もガッツリ肉という感じでなく、いろいろたしなみながら飲むという感じです。「日本人」に近いのは「ドイツ人」ですけど、食に関してはドイツよりもベルギーの方が日本に近いと思います。ただ、ビールは基本ハイアルコールですね。
——そうなんですか? 1杯目に飲むなら軽いものがいいのかな、と思うんですが。
向こうでも軽めのピルスナーが一番飲まれてます。ただ、基準自体がハイアルコールなんです。ベルギーだと基本的に7%を超えるビールが多いし、10%以上のものもたくさんある。5〜6%のものはローアルコールっていわれますから。
——え、5〜6%ってけっこうですよね? 日本でローアルコールビールっていったら3〜4%くらいですよね。
そんなもんです。ドイツだと4〜5%。だから、単純に倍くらいアルコール度数の高いものが多い。それで味も濃いんですよ。さっきもいったようにコリアンダーとか香辛料が入っていたりして、濃厚な味なんです。だから、食べるビールみたいな感じなんですよね。食事をそんなにガッツリいかなくても満足できちゃう。
——アルコール度数も高いから……
そう、そもそもガンガン飲むようなものじゃないですね。割とお上品に飲みますが、お上品に飲まなきゃ無理って話なんです(笑)。
ベルギーでつくられる「麦のワイン」
——本当にドイツと全然違うビール文化ですね。
ベルギーなんてブリュッセルからなら車で30分くらいなのに、本当に違いますね。ドイツがそうとうガチガチの伝統・文化だっていうのもあるんでしょうが。ベルギーはどっちかというとイングリッシュ系の、エールタイプのビールが多いんですよね。ドイツ系というよりイギリス系から枝分かれしていった感じです。それと、ベルギーはドラフト(樽出し)文化じゃない。瓶ビール文化なんです。
——瓶ですか。
そう。瓶詰めして瓶の中で二次発酵させるんです。
——あ、じゃあ加熱処理をせず、酵母を生かしたまま瓶詰めするんですか。
そうです。
——日本の場合、加熱処理をしないビールは「生ビール」と呼ばれますよね。ROCK(八ヶ岳ブルワリー)の瓶ビールも非加熱処理で、酵母が入っている。
そうなんですが、うちの場合は「だから、すぐに飲んでね」ってものなんです。ドイツ式ですから。でも、ベルギーの場合はそのまま瓶内で二次発酵、熟成させるのが前提なんです。お客さんが「このビールはあと1年寝かせた方がいいな」とか「半年寝かせたら自分にとっての飲み頃だと思う」みたいに自分の基準をつくって、それを楽しむ。各々で飲み頃を考えて変えるんです。だから、ベルギーのビールって賞味期限がないんです。製造年月日しか書かれてない。発酵させるから常温保存でオッケーですし。
——あー、だから瓶が中心なんですね。発酵するとガスも出るから、缶だと危ない。
そういうことです。缶ビールもあるはあるんですけどね。で、樽もあまりない。
——なんだかワインみたいですね。
本当にワインみたいなビールもあるんですよ。「ランビック」っていう。これは屋根裏部屋みたいなところでつくってるビールで、風呂桶みたいなものに麦汁を入れて、自然酵母で発酵させる。乳酸菌だろうが何だろうが、何が入ってもいいって感じで、半月くらい放置して発酵させる。それで、3年くらい寝かせたり、1年ものと3年ものをブレンドしたり。
——本当にワインみたいですね。
実際「麦のワイン」って呼ばれてます。味も酸っぱいんですよ。乳酸発酵してるんでしょうね。サワー系というか、ものによっては酢みたいな感じです。正直「何だこれ!」って苦手だったんですけど、何かね、毎日飲んでると妙に飲みたくなるんですよ。クセになるというか。そういうのも、何種類も飲み比べしてると「うまいね、これ!」っていうのもある。
——ビールって、特にドイツなんかはスタイルがきっちり決まっていて、レシピも厳密じゃないですか。でも、そういうつくり方だと本当にブルワリーによっても、つくったタイミングによってもかなり味が変わりそうですよね。
そうですね。偶発性にかなり左右される。あと、蔵の常在菌の影響が大きいので掃除しちゃダメっていわれてます。蜘蛛の巣も取っちゃダメって。
——もうビールとは別物ですね。
ベルギーの人たちにとっても「伝統文化」って感じの位置づけですね。タンクというものがなかった頃のやり方ですから。だから、文化遺産みたいな感じで保護されています。ただ、やっぱり今激減もしてますね。結局ピルスナーみたいな飲みやすいビールが出てくると、日常的にはそっちを飲む人が多くなりますから。飲みやすいですから。
——独特だからたまに楽しむならいいけど、と。
ですね。実際今回ベルギーに行ってるときも、ビアパブで飲んでたら有名なランビックのチームの人たちが仕事終わりに飲みに来て。「IPAうめえ〜〜!」なんて言ってましたから(笑)。自分たちが日常的に飲むのはやっぱりランビックじゃないんです。
せっかくつくるなら見た目も“おいしい”フルーツビールを
——今回ベルギーに行ってみて、参考にしたいビールはありましたか?
うーん、やっぱりフルーツビールですかね。ベルギーのフルーツ系ビールってすごく尖ってるんですよ。まず色がすごくキレイ。クリークってさくらんぼのビールがあるんですけど、ものすごく鮮やかなピンク色なんです。日本でも鮮やかな色のビールってあったりするんですけど、味はイマイチだったりすることも多いんです。でも、ベルギーのクリークなんかは味もよかったりする。
——見た目って大事ですよね。
大事です。見た目から入るってけっこうあると思うので。うちのビールってやっぱりインスタ映えするようなものはない。だから、異色のものもあっていいんじゃないかなって思ってます。せっかくフルーツビールをつくるなら、ベルギーで見たクリークみたいに本当にクリアでキレイなものをつくりたい。それで味も良かったら抜群じゃないですか。
——八ヶ岳ブルワリーでは去年山梨市の桃を使った「ピーチヴァイス」もつくりましたよね。
あれもファーイーストとのコラボです。山梨はほかにもぶどうとかブルーベリーとか、たくさん名産があるので、いろいろ挑戦できるかなと思ってます。そういうチャレンジができるのがコラボのいいところだなと思っています。自分のところだけだとなかなか尖ったものってできないんです。ノウハウ的にも僕はジャーマンスタイルしかやってきていないので。そこにたとえばファーイーストが絡めばベルジャンスタイルにも挑戦できる。逆にジャーマンスタイルをベースにして、二次発酵させるドイツ系ビールなんてこともできるかもしれない。ジャーマンスタイル一本っていうのもいいんですが、いろいろ経験することで「やっぱりジャーマンスタイルってうまいな」って思えるようになる。アメリカンスタイルとか、ほかのスタイルのいいところも学べるし。うちは定番がきちんとあるので、そこをしっかりやっておけば、ほかは遊んでも大丈夫だと思うんです。
今年はより地域との連携も?
——じゃあ、今年もいろんなビールに挑戦できそうですね。
そうですね。今年は3社コラボみたいなこともできたらいいなと思ってます。ブルワリー以外のところとのコラボというのも考えられるので。あと、今年はより地域との連携というのを強くできればいいな、と。北杜市産のホップを使ったビールをつくろうって案も出ているので。今までにないことをどんどんやらないといけない。それで、できれば夏にはいろんな種類のビールを用意したいなと思ってます。
——日本の場合ビールといったらやっぱり夏ってイメージありますもんね。
夏はガッツリ飲みたいという人が多いですね。去年も甲府のビアフェスに出たんですけど、そこでは10種類ビールを用意したんです。やっぱりそれくらいバリエーションがあると飲み応えもあるじゃないですか。今年もそれくらい用意できたらいいとは思ってます。
——いろんな種類があると楽しいですよね。
今回ドイツに行って改めて感じたことでもあるんですよね。ドイツって街ごとに飲めるビールがほぼ決まっているので、飲み歩いていても若干飽きるんですよね。結局ずっとアルトとか、ずっとケルシュとかになってしまう。ブルワリーごとにちょっとずつ違いはあるんですけど、大きな差はないんで「なんでアルトばっかりこんなに飲まないといけないんだ」って気持ちになったりする(笑)。
——同じところでいろいろ飲めるっていうのは魅力のひとつですよね。
まあ、ドイツのいいところもあるんですけどね。何しろ安いですから。1杯300mlとかで2ユーロしないんです。日本円でいったら300円以下。下手すればコーラとかより安いですから。
——酒税が安いんでしょうね。
そうです。日本のビール税はキツいですね。そんな感じだから、向こうのビアパブは「飲め飲め」って感じなんです。グラスに半分くらい残ってるのに、勝手におかわり置いていったりしますから。トイレ行ってる間に勝手におかわり置かれてるんですよ。もちろん伝票に入れられてるんです。「酷くない?」って(笑)。
——(爆笑)。でもビールってそういうふうに安くどんどん飲むのに向いてるお酒ですよね、本来。
醸造期間は短いし、原価もそれほど高くない。ガンガン飲めるお酒なんです。でも、日本の場合は酒税でかなり高くなってしまって、お客さんが離れてしまっていたりする。もったいないですよね。
——各地にブルワリーも増えているし、ちょっと何か文化を育てるようなこともあったらいいですよね。ブルワリーで飲むときは酒税が安くなるとか、現地で飲み歩きしやすいようなことが。
ドイツだと1km圏内にブルワリー併設のパブが密集していたりしますしね。飲み歩きしやすいんです。で、だいたいどこも昼から賑わってる。昼の11時くらいからオープンしているんですが、12時ごろにはだいたい満席ですよ。
——それはすごいですね。
そういうところが日本でもできるといいですよね。