「自転車も成長して“よい人間”になるプロセスのひとつ」
トライアルライダー・塩崎太夢

「トライアル」という自転車の競技をご存知でしょうか? 岩や細い板などの障害を自転車に乗って越えていく競技です。

この競技で2018アジア自転車競技選手権大会で男子エリートチャンピオンに輝いた選手が、この八ヶ岳にいます。北杜市大泉出身の塩﨑太夢選手です。

地元出身でROCKにもよく遊びに来るだけでなく、実は昨年の冬にはホールスタッフとして働いてくれていたこともあります。今回はそんな塩﨑太夢さんにお話を聞きました。

ただの自転車好きから始まったトライアル人生

——トライアルという競技自体、太夢さんと出会って初めて知りました。最初は何がきっかけで始めたんですか?

最初は単純に自転車が好きだったというのがはじまりです。最初からトライアルを知っていたわけじゃなくて、本当にただの遊びとして自転車に乗っていただけでした。家の裏に坂があって。舗装されてたり、砂利だったりもしない、ただの森の坂道という感じだったんですけど、そこにジャンプ台をつくって遊んでいたんです。それが小学校2年生くらいのとき。

塩崎太夢さん

——そんな遊びを! それはダウンヒルに興味があったとかそういうわけでなく?

もう遊びです。ただ自転車が好きだったから乗って遊んでいただけ。そんなときに、たまたま近所の方に古い自転車をいただいたんです。それに乗って遊んでいたんですが、実は調べてみるとそれがトライアルという競技の自転車だというのがわかって。それで父にトライアルの大会に連れて行ってもらって、実際に見たら感動して。「すごい! やりたい!」って。それで小学校5年生のときにトライアルを始めたんです。ただ、始める年齢としては周りに比べると遅かったので……

——え、そうなんですか?

はい。もちろんもっと遅く出会う人もいますけど、そのときやっていた同世代は小学校低学年とか、もっと小さい頃から始めている人もいて、僕は遅い方でした。だから、実力差もあったし、実際最初はもう全然下手くそでした。誰にも期待されていなかった。でも、欲は強くて(笑)。「どうしても勝ちたい!」って気持ちがありました。この間成人式に出て、同窓会で小学校とか中学校時代の作文を見返したんですけど、もう自転車のことばっかり書いてありました(笑)。その頃からすれば夢みたいなことだったんですが、今達成できていることもいくつかあって、それは嬉しかったですね。

——競技としてはまだ日本では決してメジャーではないですよね。何でそんなに惹かれたんですか?

単純にかっこいいなって。それと、本当に自転車自体が好きなんでしょうね。たとえば今でもレンタルサイクルとかで普通のママチャリみたいなものに乗ることがあるんですけど、それでトライアルみたいなことをやったりしちゃいます(笑)。

——あの重い自転車でですか?(笑)

はい(笑)。だから、好きなんですね、本当に。

——自転車が好きって人というと、やっぱりロードレースみたいなもののイメージが強いんですが、トライアルはかなり毛色が違いますよね。

そうですね。最初は単純にかっこいいというところが出発点だったんですが、トライアルってただスピードとか力の勝負じゃないんです。極めた技をどれだけ試合で正確に利用して障害を越えていくかという競技なので、深いんですよね。

技術以上にメンタルがものをいう

——すごく基本的なところですが、そもそもトライアルってどういう競技なんですか?

動画を見てもらうのがわかりやすいんですが、コースが設定されていて、そこにいろんな障害があるんです。もともとは基本的に自然のなかにコースをつくっていたんですが、最近は公園や街のなかに人工的な障害物を設置してそこをコースにすることも多いですね。で、そのコースを制限時間以内に通過していくんです。両足をついたり自転車から落下したらそこで終わり。片足を着くと減点されるんですが、1セクションにつき5回までは足を着けることになっています。それでトータルで減点が少ない人が勝つというルールです。


【海外のトライアルの大会の様子】

——どれだけミスなくコースをクリアできるかを競っているんですね。

そうです。加点はなくて減点を減らす競技なので、場所や障害物を見て、どうやって自分のバリエーションでクリアしていくかを考えるのが重要になります。しかも、コースは実際の競技のときまで自転車では走れないんです。本番前にできるのは歩いての下見だけ。だから、そこで攻略法をイメージしていくんです。自転車でのチャレンジは本番だけ。

——ちょっと動画を見ましたが、障害物がすごいですね。自転車じゃなくて怖いような岩や細い場所を飛び越えていっている……。

すごく緊張感ありますよ。でも、盛り上がります。チャンスは限られているので、そうなってくると必ずしも技術が優れた人が勝つわけではないんです。むしろ技術は飛び抜けているわけではないけれど、メンタルが強いといいう人が勝っていったりします。バシッと決められたらもう最高の気分ですね。

トライアル用のバイク。普通の自転車と大きく違うのはサドルがないこと! ギリギリまで軽量化するためになくしているんだそうです。

——最初の頃はどうやって練習してたんですか?

この辺だとやっている人はいたんですが、それほどうまい人、指導してくれるような人はいなかったんで、教えてもらう機会が少なかったんです。なので、DVDとかYouTubeとか見て、独学で練習していました。試行錯誤しながら……。でも、最初は本当に下手くそでしたよ。初めて出た大会もビリでもう悔しくて。それからだんだんといろいろ経験していきました。

「恐怖心を抱くこと」が一番怖い

——アジア選手権で優勝したのは去年(2018年)でしたっけ。

そうです。でも、伸びてきたのは本当にこの1〜2年くらいです。高校のときは20歳以下のジュニアクラスでは1位とか2位3位を取っていましたが、ワールドクラスには程遠かった。高校を卒業してからヨーロッパに行って練習したり大会に出るようになってから、しっかり伸びてきました。日本でずっとトップだった、始めたころからの憧れの選手にもようやく勝てるようになった。嬉しかったです。

——練習場所はどんなところなんですか?

昔は韮崎にトライアルパークがあったんです。国道20号線沿いの七里岩のあたりに。何年か前になくなってしまったんですけど、小さいころはそこで練習していましたね。今はレベルも上がってきたので、いろんなところで……たとえばしし岩ってわかりますか?

——ああ、野辺山の。展望台のあるところですね。

去年の世界選手権前の10月なんかはあそこで練習してました。

——ええー。あそこ、自転車じゃなくても登ったりなんて怖いですよ。

そうですね(笑)。でも、岩が尖っていたりするじゃないですか。それがまたいいんですよ。尖った1点に乗ったり、すごくいい練習になる。たまに落ちたりしますけど(笑)。

——素人からするとものすごく怖いですが、恐怖心ってなくなるものなんですか?

怖かったですし、怖いです。でも、恐怖って自分のイメージでしかないじゃないですか。「落ちたらどうしよう」「こうなったらどうしよう」っていうのは、自分が心のなかでつくり出しているものに過ぎないでしょう?

——確かに、メンタルが重要な競技ですもんね。恐怖を感じたらそれ自体が壁になってしまう。

そうなんです。だから、今は「恐怖を感じる」こと自体が自分にとって怖いことという感じです。怖いと思ってしまうことがイヤ。だから、トライアルに限らず、挑戦すること、行動を始めるときの恐怖というのはなくなってきました。練習もそういう自信を付けるためのものですね。

——たとえばどういう練習、生活なんですか?

去年でいうとヨーロッパに行ってからはほぼ毎日ずっと試合ですね。シーズン前だと朝起きてジムに行って2時間くらい運動したら、自転車を4時間くらい練習して、物足りなかったらもうちょっと練習して。シーズン中は朝5時くらいに起きて6時からジム、そのあと朝ご飯食べて自転車に乗って、それからもう1回ジムに行ったり。それで空回りしたりもしましたが、それはそれで経験なので(笑)。

——すごい練習量ですね。今アスリートの方って、量よりも質を高める方向にシフトしているイメージでした。

しっかり休憩してって方向ですよね。ただ、僕の場合は量をこなすことで自信を付けるという感じなんです。自転車に限らず、本番での自信って、練習でしかつくれないじゃないですか。「これだけやった」というのがあるから、試合でいくら難しいものが出てきても「もう1回やるだけ」と思える。だから、練習は俺にとっては自信づくりなんです。そういう意味ではビビりなのかもしれません(笑)。

休暇を過ごしたROCKのバイト

——そういう太夢さんがROCKで働いたのはなんでなんでしょう?

僕は実家が(山梨県北杜市)大泉で、ROCKのすぐ近くなんです。それで、昔から家族でよく食事に来ていて、僕もずっと好きなお店だったんです。で、オフシーズンにヨーロッパから帰ってきたときに、何かバイトでもしようと思って、真っ先に思い付いたのがROCKだったんです。

——オフシーズンのバイトですか。

はい。トライアルって春から秋くらいまですごく集中してやってるんで、終盤にはいっぱいいっぱいになっちゃったりするんですね。だから、休暇を取って遊びに行ったりする人も多いんです。で、僕の場合はバイトして稼ごうというのもあったんですが、その休暇の過ごし方としてROCKにしよう、と(笑)。

——休暇になるんですかね?(笑)

でも、すごく楽しかったです。もともとお客さんとして来ていたころから、良さんがずっと応援してくれていて、いろんな人と関係をつないでくれたりしてもいたんです。今もこうして日本にいるときはしょっちゅう遊びに来ていたりする。だから、どうせやるならROCKというのは決めていました。

——働いてみてどんなことが印象的でしたか?

もう全部楽しかったですね(笑)。スタッフの人たちもみんないい人だし、暇なときも、忙しいときも楽しいことばかりでした。もともと人と関わるのが好きというのもあって、接客も楽しくて。ROCKだとお客さんとお話をする機会もある。単純にそれが楽しいのもありましたし、気遣いを学ぶこともできた。暇なときは暇なときで、お店のオブジェとして良さんといっしょに雪だるまつくったり、薪を割って運んだり……どれも面白かったです。もともとはオフシーズンにちょっとお金を稼いでおこうというのがきっかけでしたけど、その何倍ものものをもらえたし、成長できました。

——ここで出会ってファンになった人もいるみたいですね。

はい。良さんに紹介してもらった方もたくさんいますし、自転車と何も関係なく接客しているときに「面白いじゃん!」っていってくださる方もいました。普段はなかなか会えないような人とも接するきっかけがあって、認知してもらって面白がってもらえたりしましたね。本当に、ROCKってただのレストランじゃないですよね。なんでこんなに楽しいのか、理由はわからないんですが……ふしぎですね。

成長するプロセス自体が楽しい

——さて、これからまたシーズンが近づいてきますが、今後の目標はどんなことでしょう?

自転車での目標というのももちろんあるんですが、もっと大きなところの目標が今は大きくなっています。ここ1〜2年で人に自転車を教えることも増えてきたんですね。そこで自転車を教える前にいっているのが、「スポーツ選手としていい選手になるっていうことは、人としていい人になることだ」ということなんです。何が「いい」なのかは人によってもいろいろだとは思いますが、まず人間として魅力がある人になるというのが、最終的な目標だと思うんです。それは自転車やスポーツに限らず、何でもそうですよね。そういう意味ではトライアルも実は勉強のひとつだと思うようになっています。もちろん自転車は好きだし、やるからには120%を出して、世界でもトップに立つ気持ちでやっていますが、トライアルが人生のすべてではない。長い人生のなかではそれすらも経験のひとつで、勉強なんだと思うようになりました。その経験は全然違うジャンルでも活かせるはずだし、実際今自転車とはまったく違う勉強もしています。

——そうなんですか?

はい。ケガをして休んでいるときに為替の勉強を始めたんです。

——本当にまるで別ジャンルですね!

自転車と同じ感覚で1日中勉強してたりしました。

——でも、確かに為替や株もメンタルがすごく重要ですよね。

そうなんですよ。落ち着きと客観的な判断が重要になる。今話し方とかも落ち着いてハッキリ喋れるようにと意識していています。話し方って性格にも影響するので。トライアルの経験はそういうところにも活かされています。ROCKでの経験もトライアルの経験も、いろんなところで活きてくる。もちろんトライアルは人を楽しませることも大事なんですが、僕自身はそのなかで成長するプロセスが一番大事で、興味があることなんです。そうやって、最終的に「よき人」になれればと思っています。

——19歳とは思えないすごくしっかりした考え方で、本当に勉強になりました! トライアルでも、そのほかのジャンルでも活躍を祈っています! ありがとうございました。

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