「『うまくない』って言われたら冗談でもヘコむもん」
——ROCK料理長・菊原和徳インタビュー

「料理さえあればレストランができる」というわけではないですが、「料理がないレストラン」というのはありえません。そういう意味で、料理はやはりレストランの土台であり骨格といえるでしょう。

では、そのROCKの土台、骨格をつくっているのが誰かというと、料理長の菊原和徳、通称「菊さん」です。普段フロアで目にすることはあまりないですが、イベントなどで店頭に立っている姿を見たことがある人もいるのではないでしょうか。

ROCKにやってきて今年でちょうど20年になる菊さん、一体どんな人なのか、改めて話を聞きました。

これから料理が楽しくなる時期に「できあい」は考えた方がいい

——菊さんにはこれまでもROCK MAGAZINEでちょいちょい料理についてお話を聞いたりしてますけど、ご本人については意外と聞く機会がなかったな、と。

会社的には表には出したくないんですよ、きっと(笑)。

ROCK料理長・菊原和徳。

——いや、そんな(笑)。ROCKに来たのはいつ頃なんですか?

1998年、ちょうど20年前の夏です。当時29歳かな。僕は高校卒業後に東京の大きなレストランに入ったんです。300人くらい入る大きな宴会場のあるような。その当時はまだ「フレンチ」とか「イタリアン」って呼び方もあまり定着してなくて、ハーブなんかもフレッシュは今ほどいろいろ流通してなかった。最初はそこも付け合わせの野菜にしても手で皮を剥いたりしてたんですけど、規模が大きくなるのと同時にだんだん機械で均等にカットしたり、カット済みの野菜を卸してもらうようになっていったんです。ちょうど業務用のフォンドボーとかベースの素材がおいしくなりはじめた時期で、ソースなんかもそういうものを使うようになっていった。

——ああ、今そういう業務用素材もかなりおいしくなってますよね。

そういう先駆けの時期だったんです。そんなときに当時の先輩に言われたんです。「俺はもう生活を選んだからこれでいい。結婚して子どももいるし、給料が出るのか出ないのかっていうような小さいお店で働くなら、ちゃんと給料が出る大きいところで働く。だけど、お前は今料理を覚えはじめたところで、これから楽しくなってくるって時期だ。そんなときにできあいで料理をするっていうのは、それはそれで考えた方がいいよ」って。

——基礎をつくる時期ですもんね。

そのときは「でも、この会社がよくて入ったしなぁ」ってくらいで、あまり深く考えなかったんですけど、そのことはよく覚えてますね。結局その後なんとなく辞めて、実家に戻ってきたんです。それで地元でやっぱりホテルの厨房に入った。最初はホテルでコース料理なんかをやってたんですが、しばらくして同じ会社のゴルフ場のレストランに行ってくれといわれて。そうすると、終わるのが早いんですよ。それまでは夜までやってたわけですけど、ゴルフ場は大体夕方には終わるんです。20代半ばくらいだから、もう毎日遊びに行くようになって(笑)。気付いたら朝なんてこともよくありましたよ。

——若い頃らしい話ですね(笑)。

そんなときに、2代目のROCKができて、どうせ夜は遊びに行ってるだけだったんで、ROCKで夜だけバイトするようになった。近所だったから知ってもいたし、いろんなつながりもあったから。そうしたら、もうROCKが楽しくて。高校を卒業してからホテルとかコース料理をやるような固いところにずっといて、料理長なんか雲の上の存在で、話もできないような人でって環境で10年くらい働いていたから、ROCKのフランクな厨房ってすごく新鮮だったんです。料理もワンプレートにいろいろ乗せちゃうスタイルでしょう? ホテルだとマスタードだってもちろん別皿って世界ですから、ある意味カルチャーショックでした。

——それでバイトからそのまま正式に入ることにしたんですか?

ちょうどそんなときに、当時のROCKの人たちから「ROCKは楽しいでしょ?ROCKに来なよ~」って毎回言われてたんです。それで、自分もめちゃくちゃ楽しかったから、じゃあROCKに行くかって(笑)。

——そんなラフに転職を(笑)。

当時ゆるかったんですよ(笑)。その後正社員になるときも、当時の料理長が「菊ちゃん、来月から正社員ねー」って言って、支配人が「はいよー」って答えてそれで決まりとかでしたし。

まかないをつくり続けた20年?

——1998年というと、ちょうどROCKがブルワリー併設のレストランに生まれ変わった翌年ですよね。

そう。2代目ROCKができてちょうど1年が経ったところでした。それまでのROCK、初代ROCKってまだ小さくて、カウンターに毎日常連さんが来てスタッフとも距離感が近いお店だったんです。でも、それが大きくなって、ものすごく混んで。カウンターはつくったけど、前みたいに常連さんたちがスッと座ってずっとおしゃべりできるようなお店ではなくなってしまった。それで初代のROCKとは変わっちゃった、とか賛否両論があった。結果、いろんな方からいろいろとアドバイスいただくと、お店も迷走しますよね。

——今のROCKのスタイルや料理が確立してきたのはいつ頃なんでしょう?

2001年に、「ROCKはブルーパブで、ブルーパブの本場はドイツ。だからドイツに行って本場を見て来い」って会社がスタッフをドイツに行かせてくれたんです。お店はいろいろ迷走してた時期ですけど、本場のブルーパブってものを知って、少しずつ今の形の土台ができていったんじゃないですかね。

——菊さんはそのころどんなことをしてたんですか?

そのころは、ドイツ料理の本なんて持ってないし、ネットでドイツ料理のレシピとか調べても、分からない。だからドイツのお店で食べたものを思い出しながら、メニューを考えてました。でも、どっちかっていうと20年間ずっとまかない作ってた感じです。今も「今日何食べよっかな?」って感じで自分が食べたいものとか、スタッフに食べたいもの聞いたりして。

——そういう日々のまかない作りが、季節ごとのメニューづくりにつながってるんですかね。

まかないって結構大切で、すぐに作って、その場で食べて、みんなの意見とか聞けるし、何より、ROCKはスタッフが多いから、まかないで次のメニューの試作や試食もできる。でも、僕、レシピづくりって本当は得意じゃないんです。まかないなんかは特に「こういうイメージ」「こういう感じ」ってつくっちゃう。だから、分量とかが目分量なんです。レシピって基本誰がやっても同じになるようにってものだから、それだとダメで、手順や分量がきっちりしていて、かつ再現性がないといけない。今メニューを考えるときも、まずは「こういう感じ」でつくって、それからそれをレシピ化してるんです。分量を量って、さらにそれを自分以外でもちゃんとできるように効率化を考えていく。実はメニューづくりはそこにいちばん時間をかけてますね。

「うまくない」っていわれると無茶苦茶へこむ(笑)

——そこがROCKって面白いお店だと思うんです。この規模の人数が入るお店で、メニューの数もすごく多い。大手のチェーン店みたいな数のメニューがありますよね。でも、それをいちいち全部つくってるでしょう?

お店が大きかったりメニューが多かったりするから、大手のチェーン店みたいなつくり方してると思われてたりするんですよね。あと、「ROCK? カレー屋さんでしょ?」って言われたり(笑)。でも、煮込み料理は店で煮込んでるし、付け合わせの野菜やソースなんかもキッチンでつくってる。できあいのものってほとんど使ってないから、料理人でないとできないんです。だから、レシピとオペレーションが大事になる。そういう意味では「こういう感じ」でつくるのが基本の僕は、ROCKには本来向いてないと思います(笑)。

ROCKの厨房では日々、料理とその仕込みが行われています。野菜のカットももちろん厨房で。

——でも、菊さんのお話を聞いてると、「同じものをずっと突き詰めてつくり続けるのが好き」っていうんじゃなく、「いろんなものをつくりたい」ってタイプに思えるんです。それはROCKに合ってる気がします。

それは……そうかもしれないし、結果としてそうなってしまったのかもしれない(笑)。ラーメン屋とかトンカツ屋をやろうかと思ったこともあるんですけど、ずっと同じものつくってたら嫌になるだろうなって。

——その辺が20年ROCKを続けている理由なんですかね。

うーん……それと単純に居心地がよかったんです。最初に来たときに楽しかったというのもそうだけど、根本的な部分で自分の料理に対する考え方と社長の考え方がズレてない。自称料理好きな人って「おいしいものをつくって、自分で食べるのが好き」っていう人と、「人に食べてもらって、おいしいって言ってもらうのが好き」っていう人がいると思うんです。僕は後者で、「おいしかった」っていわれるのが快感になってる。冗談でも「うまくない」っていわれると、無茶苦茶へこみます(笑)。そういう考え方って、社長も三上さん(ROCK総支配人)も根本的にはいっしょでしょう? この部分がズレていたら、「周りにわかってもらえないし、会社も考えが違う」ってなっちゃう。そうだったら、きっと辞めてたと思います。

——ROCKのスタッフはそういう部分がすごく一致している印象です。

この規模になると社長の話なんて、なかなか社員に届かなくなることが多いんですけど、ここはダイレクトに届く。それはふしぎなところですね。

——それで影響を受けたり、結果的に根本的にタイプの同じ人が残っているのかもしれないですね。

「煮込み」はROCKらしさが出る料理

——さて、秋メニューもいよいよ9月14日から始まります。今回もいろいろ新メニューがありますね。ビーフシチューが新鮮でした。今までもROCKではビーフシチューがありましたが、それとはまた違う味ですよね。

秋メニューのひとつ「ビーフシチュー」。ビーフシチューはこれまでもROCKでたびたび提供されていましたが、今回は新たなアレンジ、方向性でつくられています。

今回は隠し味にタッチダウンビールを使ってます。普通のビーフシチューとは違って、スッキリした味。ROCKにとって煮込み料理って定番のひとつなんですよね。カレーだって煮込み料理といえば煮込み料理だし。でも、こういうシチューなんかは変化もあるし、ROCKらしい味というのが出やすい料理だと思ってます。同じレシピでつくってもこの店でしかできない味になってる。そういう意味で、ぜひ食べてほしいメニューです。

——秋メニューのスタート、楽しみにしてます。ありがとうございました!

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