総支配人・三上が聞く!Vol.02
「起点はいつも人生にとっていいことなのか」BOSCO・小林春生さん

ROCKの若き総支配人・三上浩太が「今会いたい人」「話をしたい人」に声をかけて、飲食店という枠を超えた話をするシリーズ「三上が聞く」。第2回は山梨県甲府市でデザイナーとして活躍しているBOSCOの小林春生さんにお話をうかがいました。

BOSCO・小林春生さん(左)とROCK総支配人・三上浩太(右)

小林春生さんは80年代からROCKの社長・舩木上次と交流があり、2017年の新店舗建設の際には新しいROCKのロゴをデザインしてくださった方。そんな春生さんに改めてデザインの話、仕事の話を三上が聞きます。

【小林春生】
1950年、山梨県生まれ。1974年、グラフィクス・アイエヌジーを創業し、デザイン活動を開始。のちに(株)アイエヌジーとして法人化。1990年(株)ボスコを設立し組織を移行。2016年10月よりボスコとして現在にいたる。(社)日本グラフィックデザイナー協会会員
http://boscode.com/

「もうROCKから仕事は来ないだろうと思ってた(笑)」

三上 春生さんには今回ROCKの新しいロゴをつくってもらったり、すごくお世話になっています。火事からの再建のとき、ギリギリになってロゴをどうするかって話になったんです。それまでのロゴももちろんあって、みんなもそれに愛着を持ってたんですけど、社長(舩木上次)が「春生さんに新しいロゴを頼む。それしか考えられない」って言い出したんです。

小林 ふしぎな人だよねぇ、舩木さんって。僕は以前舩木さんと喧嘩してたんだよね。喧嘩というか、一方的に僕が批判してたんだけど。萌木の村の経営手法に関して「舩木さん、なんでそんなことするの?」ってことをしていた時期があって、ガッカリしちゃったんです。「そんな人だったの?」って。そこで、愛の鞭のつもりで檄文FAXを送ったんです。舩木さんはそれに対して何の反論もしなかった。そんなことがあって、10年くらい経ってたわけ。だから、もう二度と仕事は来ないだろうなって思ってた(笑)。

三上 社長はたまに迷走するときもあるんですよね。たまにですけど笑

小林 いろんな人に惚れやすいんだよね、舩木さんって。それでその影響を受けたり、いろんなことを任せたりする。でも、自分でフッと気付くんだよね。違うなって。

三上 そうなんです。気付くんですよ。

小林 その辺は経験だろうね。場数を踏んでるから。

三上 ただ、惚れやすいというのは、僕もそうかもしれないです(笑)。今回ロゴを春生さんに頼もうかって話になったときも、最初は僕、春生さんをよく知らなかったので「絶対、違うんじゃないかな?」って思ってたんです。しかし、会って語り合ってみたら「この人しかいない!」って確信しました。そもそも春生さんがデザインをはじめたきっかけはなんだったんですか?

小林 僕はもともと美術をやっていたんで、美術家になるつもりだった。それで新橋にある現代美術研究所っていう研究所に入って、ものすごく濃密な2年間を過ごした。そこには文化勲章を受賞した洋画家の福沢一郎先生や、芸大や多摩美で教授をしていた洋画家の杉全直さんなんかがきてマンツーマンで教えてくれるんですよ。ものすごく贅沢なところだった。ここに通っていた時間は僕の財産なんだけど、そのころから勢いを増してきたコンセプチュアルアートっていう世界的な運動を見て現代美術に失望しちゃったんです。石をいくつか置いて作品とする、いわゆる観念芸術。「人間を豊かにしない、こんな美術ならいらないや」って思って、山梨に帰ってきた。でも、戻ってきてもやることはない。かといって会社員になるつもりもなかった。それで、何か食べる手立てはって考えたときにデザイン……その当時「デザイン」って言葉はまだなかったけどね。

三上 なんて呼ばれてたんですか?

小林 図案屋さんとか版下屋さんとかかな。とりあえず甲府駅前に2坪くらいの小さな事務所を構えたんですよ。そうしたらぽつりぽつりと仕事が来るわけ。当時だとバスの差し込み看板なんかの仕事が来てたかな。本格的にいわゆるデザインの仕事をやるようになったのは24歳の頃かな。仕事をしていた人が、地元の企業の社長さんを紹介してくれて。そこの仕事をやるようになってからですね。

三上 じゃあ、デザインは独学ですか?


小林 ほとんど独学でしたね。いろんな人に会ってお話をすると、わかんないことだらけなんだけど、そこで「わからないです」っていっちゃうと失礼でしょ? だから、「ああ、知ってます、知ってます」っていって、帰ってきて一生懸命勉強して……その連続でしたね。だから僕には師匠はいないんだけど、現場の職人さんたちにはいろいろ教わった。印刷屋さんでも製版屋さんでも、現場でやってる最前線の人たちからいっぱい吸収した。あとはクライアントの会社の人たち。反面教師もいたけどね(笑)。でも、いろんなことを教わった。舩木さんもそのひとりだね。舩木さんとは90年代にはいろいろ仕事を依頼され、「ポール・ラッシュ100の言葉」という書籍も一緒に作ったけど、21世紀に入ってから萌木の村の仕事は、このロゴの件まであんまりしてなかった。

「いい仕事」が一番の営業マン

三上 そもそも舩木とはどういう出会いだったんですか?

小林 それもクライアントの方の紹介です。そのときも舩木さんはトラクターかなんかで長靴姿で働いてて。

三上 いつものスタイルですね(笑)。

小林 「こういう人が萌木の村っていうのをつくるって、山梨もまだこりゃ捨てたもんじゃないな」ってちょっと感動したんですよ。なんでこんな社長然としてない、田舎の土木のおじさんみたいに見える人がこんな面白いものをつくってるんだろうって思ったんです。それはやっぱり、持っているビジョンだとか夢みたいなものだと思う。ビジョンが大きければ大きいほど力を貸してくれる人も集まる。それで、必ず挫折もするんだけど、それでも諦めないでやっていると何となく形ができていくんだろうね。思い続けるっていうのが大事なんだよね。

三上 小林さんはどういう思いがあったんですか?

小林 僕はイヤな人と仕事したくないって思いがずっとあったの(笑)。でも、なかなかそうはいかないじゃない。特に組織ってものは。だけど、「できればそういう人のいないところで仕事していきたいな」って思いを持ち続けていると、ふしぎなことにイヤだなと思う人たちがひとりふたりと減っていって、あるときにみんないなくなるんだよ。それで、周りが「こういう人たちとやりたい」って人だけになる。そういうのってすぐにはできないから、10年計画でやっていましたね。


三上 仕事はどうやって広げていったんですか?

小林 営業とかではないんです。まずは仕事をすることですよ。いい仕事をしないと。いい仕事が一番いい営業マンなんです。だけど、失敗したらアウト。次はない。あとは誠実にね。普通の人間としての礼を尽くして。それでようやく自分の理想の環境に近づいたから、年を取ったけど若い頃にもう一度戻りたいとは思わない。せっかくここまで来たんだから、もうたくさんだよ(笑)。ただ、僕はデザイナーっていわれてるけどあんまり自覚がなくて、まだデザイナーが自分の天職だと思っていないところがあるんですよ。

三上 え、じゃあ何なんですか?

小林 わかんないけど。音楽も好きだし、美術も好きだし、建築も家具も好きだし、もしかしたらROCKの支配人とかそういうのもあるかもしれないよ?(笑)

三上 (笑)。

小林 でも、ずうっと途中なんだ、そういう気持ちがいつもあるんです。僕の場合は「人生」っていうのがまずあるんですよ。たとえば、こんな事務所なんてなくたってデザインの仕事はできるわけ。PC1台あればできるわけだから。だけど、人生のことを考えると労働時間ってものすごく大きな割合を占めてる。寝る時間と同じくらい、もしかするともっと時間を使うでしょう? そこで自分の身を置く環境ってすごく大事だなと思っているんです。だから、自分が好きな環境で過ごせるようにしたいと考え続けていたらこんな事務所になったの。イヤな人と仕事をしたくないっていうのもそうだけど、起点はいつも「自分の人生にとってこれがいいのか?」っていう自問なんです。

「それをつくらない」という判断もデザインの仕事

三上 今回ROCKではまずロゴで関わってもらいましたが、春生さんの仕事は店舗やパッケージ、本など多岐にわたってますよね。

小林 ジャンルもいろいろだし、商品も本当にあらゆるものをやってますね。実は、東京のデザイナーって大変だと思うんです。人が多くて密度が高いから、その分専門性を持たなきゃやっていけないところがあって、エディトリアルならエディトリアルの専門のデザイン、そのなかでも人文系、ファッション系と細分化されていく。そういうなかで自分の表現というのを限定されたりもするんだけど、僕らみたいに地方に野放しにされてると、そんなこといってられないので(笑)。まるごと全部やらないといけない。ビルの一部じゃなくて犬小屋作る大工さんみたいだけど、それが逆によかったと思うんです。本当はそういうふうにしなきゃいけないんですよ、デザインって。デザインを考えるっていうのは全体を考えることだから。それはマッチ箱でも、その地域のグランドデザインでも同じだと思います。ありとあらゆる方向性があって、その方向のなかからどっちを向いたらいいかってことをまず考えなきゃいけない。そこを決めるのは直感ですよね。で、そういう直感って何もないところからは出てこない。無意識のなかに蓄積されているいろんな経験や自分の興味があって、そういう土壌のなかから生まれる。そうやって出てきた直感を形に落とし込むのがデザインの作業。それは直感的じゃなくて、精緻で理にかなったものをつくるとても地味な積み重ねの作業なんです。


三上 デザインっていわゆる“デザイン”をするだけじゃないわけですね。

小林 そう。視覚言語っていわれるけど、見えるものだけが重要じゃないんですよ。言葉もあるし、そこにつながる考え方も必要になる。あるいは、「本当にそんなものが必要なのかどうか」ということを考えなきゃいけないこともある。たとえば、こういうチラシみたいなものをつくりたいって話が来ても、もしかしたら必要なのはチラシじゃないかもしれない。チラシは目的じゃないわけです。認知とか購買意欲を高めたりとか、それによって得られるものが本当に求めるものなわけでしょう? だから、場合によっては「それは必要ない」って判断もあったり「これじゃないものの方がいいんじゃないですか?」って提案も必要になる。だから僕は出来る限りクライアントと直接を仕事をすることを心がけてきました。代理店とかを挟むと、どんどん「本当に求めてるもの」というのがつかみにくくなる。情報が歪曲しちゃうんです。だから、「社長に会えますか?」って聞いて会ってくれるといってくれるところと仕事をしている。そうすることで、何を求められてるかっていうことがわかるし、本当に自分ができるのかという判断もできる。そこからしか始まらないですよね。それはROCKで働いている三上くんだって同じだと思う。

三上 確かに飲食店、接客業も同じかもしれないですね。本当に求められているものを見つけないといけない。

小林 いっしょですよね。経済活動って一般の生活者が支えてるものでしょ? ターゲットは全部生活者なんです。だから、生活者の生活感覚から出発しなきゃダメで。それは時代によって変わるものもあるし、変わらない本質もある。クライアントが本当に求めるものと、そういう生活者をどうつなぐかというのがデザインの仕事だと思う。そういう意味で、デザインって受注する方も大変だけど、発注する側も同じくらい大変なんです、本当は。

三上 自分が本当に求めているものを伝えなきゃいけないわけですね。

小林 そう。自分のなかにある雑然とした考えを整理して本当に求めるもの、ビジョンを持っていないといけない。それを自覚している人はいいんだけど、ほとんどの場合はそれがわかっていなくて、「とにかくこれを売りたい」とか短絡的な着地点だけがあって、それを求めていっちゃう。長いスパンで見るとそれって全然統一感がないんです。そこからブランドは決して生まれてこない。こういうことをいうから「めんどくさいことばっかりいう人」ってよくいわれるんだけど(笑)。でもそれが結果的にはお互いのためだから。そういうことを理解していただけない場合はお付き合いしない方がいい。舩木社長はそういうことがよくわかってると思う。誰にまかせるかは俺が決めるけど、まかせたことには口を出さないってスタンスでしょ?

三上 そうですね。

小林 たぶん、いろいろ痛い目に遭ってるんでしょうね。あと、企画を誰かに委ねるときにこれが一番効率がいいってわかってるし、事業にどれだけ貢献するかってこともわかってる。

仕事が暮らしを破壊するグローバリズムの世界

小林 ところで、ROCKの新しいホームページ面白いなって思いました。新しい風が入ってきたという感じがして。

三上 ありがとうございます。

小林 スタッフのみんなも好意的に見てる?

三上 はい。いろんなスタッフが改めてホームページやSNSに積極的に関わるようになりました。もちろんこれから継続してやっていかないといけないんですけど、みんなが関わるような仕組みができた。

小林 そうそう、仕組みなの。完成したものはいらないんだよ。器をつくるというのが大事なんだよね。そこに何を盛るかというのはみんなが楽しみながらやればいい。三上くんもそうで、楽しんでる姿を見せるっていうのがすごく大事なことだと思う。そうすると周りも楽しそうだなって参加してくるようになる。


三上 それはいろんな人の話で共通して感じることです。楽しまないとダメだっていうのは、舩木も、この企画でお話を聞いた人もみんないっている。大変だけど、楽しむことが結果につながっていくんじゃないかって今は思っています。

小林 そうやって続けることだよね。僕はデザイナーが天職とまだ思ってないって話をしたけど、いろんな人の話を聞いたり、本を読んで感じるのは、どんなことも実はつながっているということなんです。作家の村上春樹の小説にはよく井戸が出てくるでしょ? 地中にはもうひとつの世界がある。そして、地表ではそれぞれバラバラな地点でも、ずっと掘っていくと地下水脈ではみんなつながってる。普遍性がそこにある。どこを掘るかっていうのは重要じゃないんです。だから、「何が自分の天職なんだろう?」「どこを掘ればいいんだろう?」って悩んでいる人がいたら、とりあえず今いるところから掘りはじめたらいいんじゃないかって思う。ただ、それで天職に行き着く人は何が違うかっていうと、水脈に行き着くまで諦めなかったこと。で、器用な人ほど途中でやめちゃう。ダメだダメだっていわれる不器用な人ほど続けるんだよね。もちろん岩盤にぶつかることもあるから、そのときは別な地点からまた堀りはじめたらいい。

三上 それは萌木の村で感じることです。バカか天才かじゃないとダメなんだと思います。小利口じゃダメなんだなって、社長を見ていると感じます(笑)。

小林 そうやって愚直に穴を掘るしかないんだよね。なのに、今いろんな企業がそれをしないで短絡的な結果を求めて労働力が消費財みたいに使ったりしちゃってる。結果、仕事が暮らしを壊してる。一生懸命働いてさ、家族を養おうと思えば思うほど家族が苦しくなるっておかしいじゃない。グローバリズムが暮らしを壊しはじめてるのに、一生懸命働いてグローバリズムという仕組みを結果的に支えちゃってる。グローバリズムという流れは世界をひとつの形で統一しようとするから、ものすごく効率を求めるんだけど、そろそろ効率だけでものを考えることをやめないといけない。数値化できない価値というのもあるのに、効率にとらわれるとそれが軽んじられちゃう。いろんなローカルな価値感が世界中にあって、それらすべてひっくるめてひとつの村なんだという考え方を大切にしたいよね。多様性が豊かさへと連なる鍵なんだと思う。それがたとえばスティーブ・ジョブズなんかの、ヒッピーと呼ばれていた世代の考えていた「ワンビレッジ」というユートピアなんじゃないかな。

三上 数値化できない価値や意味というのを、僕らはずっと考え続けなきゃいけないですよね。今日は貴重なお話、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願い致します。

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