夏の萌木の村の風物詩となっている舞台が今年もスタートしています。野外ステージで星空のもとダンサーさんたちが舞う、清里Theフィールドバレエです。
日本では珍しい本格的な野外バレエ公演で、今年で30回目。7月30日からスタートし、8月10日まで毎日日替わりで公演を行っています。
今回はそんなフィールドバレエに運営として携わる萌木の村の西鍋早葵が、ダンサーの川口まりさんに話を聞きます。ともに20代の若いフィールドバレエの担い手。どんな思いでフィールドバレエに関わっているのか、そしてフィールドバレエの楽しみなどを聞いていきます。
魔法のかかる舞台、清里Theフィールドバレエ
——今回は開催中の清里Theフィールドバレエに関わるおふたりに来てもらいました。改めてフィールドバレエとの出会いや関わりから聞いてもいいですか。
西鍋 私は萌木の村のスタッフとして、今運営というか、裏方で関わっています。
川口 2年くらい前から萌木の村にいますよね?
西鍋 はい! 一昨年は学生としてお手伝いをしていて、去年から社員として関わっています。でも、まりさんとこうして話をするのは……
川口 初めてですね。
西鍋 ダンサーさんと私たち運営スタッフって意外と話す機会がないですよね。話してみたいとは思っていたんですが、「私たちなんかが話しかけていいのかな」って気持ちがあって。
川口 えー! そんな(笑)。ぜひ話しかけてください。
西鍋 わー! 嬉しいです! 私ももちろんまりさんのことは以前から知っています。私は2年前、まだ学生で就職活動をしているときに、萌木の村って会社を知る一環でフィールドバレエのお手伝いをさせてもらったんです。そのとき初めてフィールドバレエを見たんですが、その舞台、今でもよく覚えてます。あのときは雨が……
川口 2017年の「シンデレラ」ですかね? 私がフィールドバレエで初めて主役を演じさせてもらった演目です。あのときは雨の予報で「もうできないかな?」って思ってたんですけど、公演のころには霧に変わって上演が決まったんですよね。すごい霧だったんですけど、それが「幻想的ですごくよかった」って言われました(笑)。清里マジックですね。
西鍋 私はバレエを観ること自体初めてだったので、本当に初心者なんですけど、あのとき遠くから観ているだけで「まりさん、すごい!」って思ってました。
川口 いえいえ(笑)。
西鍋 いや、冗談抜きで! 去年の「ドン・キホーテ」もそうでしたけど、ダンサーの皆さん全員すごいんだけど、まりさんは一段と輝いているというか。初心者ながら、何か感じるものがありました。
川口 ありがとうございます。
西鍋 まりさんはいつからフィールドバレエに出ているんですか?
川口 出演する前から観に来てはいましたが、初めて出たのは小学校3年生のときですね。それからちょこちょこ出させていただいて、レギュラーとして来るようになったのは高校1年生くらいのときだったと思います。なので、2週間ずっと出るという形で来るようになってから、今年で6年目くらいでしょうか。
寒さ、空気の薄さ、そして虫!?
西鍋 ダンサーさんから見るとフィールドバレエってどんな舞台ですか? 野外ってやっぱり大変なんじゃないかなって。
川口 やっぱりダンサーにとっては身体との戦いですね(笑)。まず寒いじゃないですか。
西鍋 そうですよね。清里って真夏でも夜はかなり冷えるから……
川口 身体が冷えると動かなくなるし、ケガの原因にもなりますから、寒さっていうのはダンサーの敵です。標高が高いのもありますね。酸素が薄いので、踊っていて「あれ? なんで私こんなに息切れしてるんだろ?」ってなったりも(笑)。それを2週間、毎日連続でやるので、体力的にはかなりハードです。
西鍋 さらにさっきも話に出たように天気もありますよね。
川口 そうですね。雨なんかになると床が湿って滑りそうで怖かったりします。ライトアップされているから虫が飛んできたりするのも「あるある」ですね。動いちゃいけないときに腕に虫がとまって「どうしよう!?」とか(笑)。
西鍋 わー(笑)。客席からだとそんな風に見えないので、プロ意識がすごいですね。去年は舞台袖で観させていただいたことがあるんですけど、舞台ではすごくしなやかで、軽々とやっているように踊っているんですけど、近くで見ると一つ一つの動きが力強くて、舞台袖に帰って来た時のダンサーさんたちをみるとスポーツをしているかのようですね(笑)
川口 バッタバタですよね(笑)。息切らして。
西鍋 一昨年雨で中止になった日のことも印象的でした。皆さん、悔しくて舞台裏で泣いていて。頭ではもちろんわかっていたんですけど、「皆さん本気で臨んでるんだ」っていうのをそのとき本当に痛感して。あれを見て、裏方としてももっと頑張らなきゃいけないなって思いました。
川口 やっぱり中止ってすごく悔しいんです。私たちはその日のために何か月も稽古をしてきたので。
西鍋 通常の舞台ではそんなことないですもんね。目の前にはお客さんも集まっていて、なのにできないなんて。
川口 そうですね。劇場では幕が開かないなんて基本的にはありえないですし。しかもそれがお天気のせいとなると、誰のせいでもない、私たちでは防ぎようがないことなので、怒ることもできない。
バレエの敷居を下げるのが運営の役目
川口 だけど、そういう大変なことがいろいろあっても、フィールドバレエってすごく楽しい舞台なんです。すごくお客さんを身近に感じます。たとえば、稽古場とかから移動してるときなんかも、「頑張ってね」って声をかけられたりして。そういうことって普通の舞台ではなかなかないんです。ダンサーの「この人たちのために踊ろう!」「楽しませよう!」って気持ちが湧いている舞台だと思います。
西鍋 観ている側からもすごく近さを感じます。ステージ自体も客席に近いですしね。
川口 そう。上演中は舞台から客席って(暗くて)見えないんですけど、終わったあと「こんなに近かったんだ!」って改めてびっくりすることがあります(笑)。それと、気持ちも近くなったりする。(萌木の村の社長である舩木)上次さんもよくおっしゃってますけど、客席と舞台が一体化する。雨が降るとお客さんもダンサーもいっしょになってやむように祈ったり……みんなの気持ちがひとつになっているのはすごく感じます。
西鍋 雨が降り出しても、客席の方もみんなじっと座ってるんですよね。あれはふしぎな雰囲気。本当に一体感を感じます。
川口 それに飲食の出店もあるじゃないですか。ビールや食べ物を食べながら観られるバレエなんてここ以外ではまずない。
西鍋 今回はカフェメニューもバレエにちなんだものを用意したんです。(「眠れる森の美女」の)オーロラ姫にちなんでオーロラソースを使ったサンドウィッチとか、(ドン・キホーテの出身地である)ラ・マンチャ地方風の煮込みスープとか。もちろん地元の食材を使ってます。あと、(ホテルハット・ウォールデン内にある)Bar Perchは会場で演目をイメージしたカクテルなんかも出してます。
川口 それ、ダンサーに言ったらみんな「わー!」って買いにいくと思います(笑)。
西鍋 わ、ぜひ食べてほしいです!せっかくフィールドバレエに来るなら思い出に残るものがあったらいいなって思って用意したんです。そういうものがあれば、バレエを観に来た人はもちろん、そうでない人も興味を持ってもらえるんじゃないかって。フィールドバレエって、普段からバレエをよく観に行っている方ももちろんたくさん来るんですが、普段は全然そういうものを観ていないような方も来てくれるんです。なかなかそういう舞台ってないじゃないですか。ただ、それでもバレエっていうと敷居が高いと感じる方もいると思うんですね。私も初めてのときは「私なんかが観てもいいのかな」「わかるのかな」って思ったりしていたので。だけど、観てみると初心者でもすごく引き込まれる。
川口 バレエってもともとは西洋の娯楽なんです。だから、もっと気楽に観に来てもらっていいと思っています。西洋なんかに行くと、街中にバレエのポスターが貼ってあって、生活の一部みたいになっているんです。日本でも壁をつくらず、軽い気持ちで観に来てくれたらな、と。
西鍋 そういうハードルを下げるのが、私たち運営の役割なのかなと思っています。もっと地元の人たちにも観てもらいたいし、自分と同じ20代の若い人にも来てもらいたい。私も初心者の目線で「こういうのがあったら行きたくなるかな」というものをもっと考えて提案していきたいですね。
川口 清里って本当にいいところだし、観光で来る人も多いじゃないですか。だから、観光がてらに気軽に観に来てもらえればなって思います。
西鍋 当日券もあるから、その日急に観ようかなって思っても観られますしね。
川口 ROCKに食事に来て、そのままふらっと(笑)。
西鍋 でも本当に、フィールドバレエって地域に一流のものを根付かせたいっていう社長(舩木上次)の思いから始まったものなんです。だから、ただお客さんがたくさん来ればそれでいいってわけじゃない。地域にきちんと文化が根付く、そういう目に見えないものをつくっていくためのことを考えていかないといけないと思っています。
ダンサーは一番楽なんじゃないかな?
——今年も7月30日からスタートしていますが、どんなところを観てほしいですか?
川口 今年はやっぱり第30回のために制作した「眠れる森の美女」を皆さんに披露するのが楽しみです。どんな反応が返ってくるかなって。「眠れる森の美女」ってダンサーの技量も必要な大作なので、なかなかできるものじゃないんです。だから、これをやれること自体すごく嬉しい。
西鍋 まりさんは8月6日の「ドン・キホーテ」で主演も務めますよね。
川口 はい。キトリという役なんですけど、これは踊っていてすごく楽しいです。私は踊っていて楽しいのって、自分を見せられた瞬間なんです。つくらないというか、ありのままの自分をバッと出すような。キトリはそういう感じで、「キトリ」という役なんだけど「キトリ(まり)」という感じで、キトリであり自分自身でもあると感じています。
西鍋 演技しているんだけど、自分に合った役だと本当の自分を出せるというような?
川口 そういう感じですね。「ドン・キホーテ」はお話も明るいじゃないですか。私はタイプ的に明るいお話が好きでもあるので。
西鍋 私たちもダンサーさんたちが快適に踊れるように、まずは基本的な会場準備などの運営をしっかりやっていこうと思います。その上で、お客さんとコミュニケーションして「ダンサーさんはこんな思いで踊ってるんですよ」って伝えたり、お客さんがどんなことを考えているのかを聞いたりもしていけたらなと。
川口 でも、スタッフの方とお話をしていると、私たちダンサーが一番楽なんじゃないかって思います。私たちって踊ってるだけですから。
西鍋 いえいえ! そんな!
川口 実はこの前も、今後プロジェクションマッピングみたいなことをバレエと組み合わせられないかってことで、その相談にたまたま私も同席させてもらったんですけど、皆さんすごくいろんなことを考えてくださってるんです。今日もそうですが、「いろんな方がいろんなことを考えて、フィールドバレエをよくしようとしてくれているんだな」って。私たちなんてただお稽古をして踊っているだけなんだから、せめてこの人たちのために良い踊りを見せなきゃって思います。
西鍋 いや、そもそもダンサーさんがいなければできないですから。でも、「ダンサーさんたちは私たちのことどう思ってるのかな?」っていうのは気になっていたんです。やっぱりなかなかお話しする機会がないので。今日お話しして、「私たちのことも見てくれているんだ」って知って嬉しかったです。通じ合っているというか。
絶対に誰にも負けないのは若さ
西鍋 ダンサーさんの声はもっと聞きたいなと思っています。たとえば、「こんなことをしたい」とかってありますか?
川口 私自身はとにかくまず自分の技術を上げないと、と思っているので、まだこんなことをといえるようなレベルじゃないなと。どうしたら先輩たちみたいに踊れるんだろう、早くあんなふうにできるようになりたいっていつも思っています。そんなとき先生に「まりがこれだけはほかの人に負けないものって何だと思う?」って聞かれたんですね。本当に思い付かなくて「ないです」って答えたら「若さだよ」って言われたんです。「それだけは絶対に誰にも負けてないし自信を持っていいところだよ」って言われて、それからプレッシャーに潰されそうになったときは「若さだけは負けてないぞ!」って思うようにしてます。
西鍋 若さというのは私も言われます。「若いんだしやっちゃえ!」って応援してもらったり。反面「若いから何でもできていいよね」って思われたりすることもあって、そこはちょっと悔しいですが。いい面でも悪い面でも若いっていうのは大きいんだなって。そういうなかで、いろいろチャレンジできたらいいなって思ってます。
川口 私もチャレンジできるレベルまで早くいかないとなと思ってます。まだそういうレベルじゃないので。ただ、古典だけでなく、さっきも話に出たプロジェクションマッピングとか、ドラマティックなものも取り入れられたら面白いだろうなとは思っています。お客さんも注目してくれるでしょうし。
西鍋 私もまずは目の前のことをしっかりやらないとな、と思いますが、やっぱりフィールドバレエってすごくいい舞台なので、固くならずいろんな人に気軽に来てほしいなと思っています。
川口 本当にいい舞台ですよね。森に囲まれた野外ステージ、星空の下でダンサーが踊るなんてほかにはないですから。それを2週間連続で、30年も続けているというのは、日本でここだけじゃないですか? 実際、私の友だちも1回来てから毎年来てくれるようになりました。東京からなので「遠いよ〜!」なんて言ってたんですけど、来たら「本当にいいところだね!」って。「ビール飲みながら、ソーセージ食べながらバレエ観よ」くらいの気持ちで来てもらえたらなって。
西鍋 ありがとうございます! 今年も残りの期間、よろしくお願いします!