八ヶ岳のパン、焼き菓子職人がROCKの前に集結する八ヶ岳ベーカーズ。萌木の村スタッフきってのパン好きである西鍋早葵の思いから昨年2018年秋に初開催されたイベントです。
「パンだけでなく、そのつくり手さんと出会い、交流できる場にしたい」という思いから「ベーカーズ」と名付けられたこのイベント、第1回からたくさんの人に来ていただきました。
それを受けて5月25日、26日に第2回の開催が決定。今回も八ヶ岳エリアの個性豊かなパン屋さんが集まります。もちろん前回同様、普段はなかなか直接会うことができない、実店舗のないお店も登場します。
そんなお店のひとつがおうちパン屋Hands handsさん。前回に続いて2回目の参加となるお店です。
今回はそんなおうちパン屋Hands handsの小林佳恵さんに、西鍋がお話をうかがいました。
つくり手とお客さんだけでなく、作り手同士もつながるイベント
西鍋 前回の八ヶ岳ベーカーズではありがとうございました! あのあと、私もROCKで働いているときにお客さんから「ベーカーズ行ったよ!」なんて話しかけられたんですが、そのときに「おうちパン屋さん、おいしいね」という声もありました。小林さん自身もすごく楽しんでくださっていたのが嬉しかったです。
小林 うちは通常の店舗営業していないんですよ。水曜日に仕込みをして、木曜から日曜までの週4日パンを焼いて、(北杜市大泉町の)パノラマ市場に、それと(同じく大泉町の)ひまわり市場に卸しています。木曜日と金曜日のお昼時は育児支援センターでお母さんや子どもさんにパンを販売していたりはしますけど、基本的には納品が中心。普段なかなかお客様と直接話す機会がないんです。たまに「いつも買ってるよ!」なんて言われるとすごく嬉しいし、感謝も伝えたい。だから、八ヶ岳ベーカーズではお客さんとお話をしようと意気込んでいったんですけど、ひとりだと会計から袋詰めまでとてんやわんやで(笑)。駆け抜けちゃった3時間でした。だから、今回家族にも手伝ってもらおうと思ってます。
西鍋 まさにつくり手さんとお客さんをつなげる場というのが八ヶ岳ベーカーズのコンセプトなので、そこのところはもっとうまくいくように仕組みをつくらないといけないなと思ってます。前回は初めてだったのでどれくらいお客さんが来てくれるかも未知数で、もっとまったりしたイベントになるかな、とイメージしてたんですが、思いのほかたくさんの方が来てくださって。お客さんにはたくさん来てほしいですし、そのなかでうまくコミュニケーションできるようにしたいですね。
小林 お客様でいうと、初めてのお客様がすごくたくさん来てくださって。私が普段参加しているイベントはこの近くのものが多いので、「育児支援センターで食べていたけど卒業してしまった」という人が久しぶりに買いに来てくれたとか、食べたことがある人が中心でした。ベーカーズでは初めて食べるっていう人が多くて。あと、年齢層の高いお客様も多かったですよね。舌の肥えたお客様がたくさん来ているんだ、とドキドキしながら参加してました(笑)。でも、楽しかったですね。ROCKの皆さんも「盛り上げよう!」って雰囲気で。横のつながりもできる機会でしたし。
西鍋 パン屋さんは意外と横のつながりができにくいっていう声もよく聞きます。ベーカーズはパン屋さん同士もつなぐイベントになればいいと思って始めたんです。
小林 私は“お母さんパン屋”なので、同じようにお母さんでパンやスチームマフィンなんかをつくっている方とは交流があって、素材とかつくり方の話をすることもあります。でも、それ以外だと顔は知っていてもパンづくりの話までするような方はあまりいないですね。それと、私は納品が中心なので気になったお店があったら割と気軽に買いに行けるんですけど、お店をやっている方はなかなかほかのお店に行けないでしょうしね。前回の八ヶ岳ベーカーズでは私も、出店されているお店一店舗ずつ回ってパンを買ったりしていました。てんやわんやだったっていう割に(笑)。
西鍋 そういう機会になっていたならすごく嬉しいです!
“お母さん”のパン屋さんができる生活
西鍋 でも、おうちパン屋さんのお店を持たないスタイルってどういう理由で選んだんですか?
小林 私のパンづくりのキャリアって、長男が生まれてからが全部なんです。もともと神奈川に住んでいたんですけど、夫も私も山好きで、出会いも山小屋だったんです。だから、いずれ子どもができたら自然の豊かなところで暮らしたいねって話をしていたんです。それで、17年前に長男が生まれて移住しようって決めたんです。
西鍋 だから、山の近くということでこのあたりなんですね。
小林 はい。じゃあ何か手に職をつけるというか、何かをつくる仕事を身につけようってことで、パンのスクール行きながらパン屋さんで修行しました。その後移住してきたのが16年前。こっちに来てからも清里のパン屋さんで5年働かせてもらいました。で、長男が小学校に上がるタイミングで独立したんです。その数年後に一度お店を営業したこともあったんですけど、家族の機嫌が悪くなっちゃうんですね(笑)。なかなかいっしょにごはんを食べられないし、いっしょに遊んだりもできない。お店を開けているとどうしてもお店にいないといけない時間が長くなっちゃう。息子も応援してくれていたんですけど、いざお店を始めると「お母さんがこんなにパン小屋から出てこなくなるんだ!」ってわかったんでしょうね。私は私で、パン屋さんで働いていたこともあるので、いきなり「普通のパン屋さん」のスタイルをやってしまった。だから、おうちのことと噛み合わなかったんです。それで、まだお店を開けるのは早いなってスパッとやめました。
西鍋 小林さんの場合はお子さんの存在っていうのもいろんな意味で大きそうですね。
小林 そうですね。つくるパンにしても、家族が基準なんです。もちろん売ってもいるけど、おうちでつくっておうちで食べている。最初に焼いてたパンなんか、堅くて子どもが喉に詰まらせそうになってましたから。それで、「やっぱり柔らかくて食べやすいパンがいいんだ」となった。子どもの成長とともに、男の子なので腹持ちのいいパンが好みになっていったので、そういうパンもつくるようになった。『おひさまパン』という絵本をモチーフにしたパンもあるんですが、あれなんかも息子に「つくって」って頼まれたのがきっかけで考えたものなんです。この辺は中村農場さんや黒富士農場さんとかおいしい卵をつくっている方が多いので、そういうおいしい卵の卵黄を使って黄色い色を再現して。すごく贅沢なパンなんですが、イベントなんかで出すと小さい子がすごく喜んでくれるんです。そういう家族基準のパン屋さんだから名前も「おうちパン屋」だし、家族を犠牲にしてまでやるかといわれたら、そういう選択肢はないんです。
西鍋 このあたりって、そういうスタイルができるのもいいところだと思います。
小林 パン屋さんって「朝食に間に合うように焼いて」とかいろんな「普通」があるんですが、今できる範囲のことを自分のやり方でやっても、「それでいいよ」っていってくださる方も多いので助かってます。東京なんかだとお店を開けて、高い家賃を払おうと思ったら規模も大きくなるし、たくさん人を抱えてたくさんつくるとなればレシピも固定化しないといけない。うちは夫が家庭菜園みたいな形で畑もやっているんですけど、そこでたくさん野菜が採れたから何かその野菜を使ったパンをつくろう、なんてこともやっているんです。そういう自由度もなくなってしまうでしょうし、あれこれ試行錯誤して素材選びからレシピまで自分で全部やるのも難しくなる。小規模だからこそ自分で全部できるし、しかも“お母さん”がやれる範囲でつくるというのも許されるというのは、ここだからできることだと思います。
西鍋 生活のなかの一部にパン屋さんというのがある感じですね。あまりハッキリ分かれていないのがすごくいいなと思います。
小林 確かにそうかもしれないです。無理がないのかな。だから続けられるのかもしれない。
パンイベントは“食べるクラフト市”
西鍋 そういうお店がたくさんあるからだと思うんですが、北杜市とかこの地域のパン屋さんのパンってすごく個性があると思います。私は東京に行ったら評判のいいパン屋さんを調べていろいろ食べるんですけど、やっぱり北杜のパン屋さんの方が好きだなって感じるんです。東京の有名なパン屋さんってもちろんみんなすごく洗練されているし、おいしいんだけど、「みんながみんなおいしいっていう味」なんですよね。たとえばクロワッサンなんかは定番ですけど、おいしいけど一度食べたら満足しちゃう。北杜市のパン屋さんって小さいけどやりたいこと、つくりたいものをつくっている感じで、そこがすごく好きなんです。パンの個性が印象に残って、「また食べたい!」ってなるんです。前回の八ヶ岳ベーカーズでも、いろんなお店さんに参加してもらいましたけど、並ぶと同じパンでも個性があるんですよね。
小林 そうですね。基本、粉と水、酵母と材料は同じなのに、10人いると10通りですもんね。
西鍋 私、カンパーニュが好きでよくいろんなお店のカンパーニュを食べ比べるんですけど、材料は同じなのにこんなに違うんだってふしぎで。もう小麦と水、酵母の宇宙ですよ!
小林 楽しいですよね。パンってちょっと配合が変わっただけでも全然別のものになったりするんです。化学実験じゃないですけど、0.1%、0.01%みたいな単位で材料の配合を変えただけなのに、できあがりが全然違ったり。その一方で、本当のおいしさってそういうこととはまったく別次元にあったりする。だから、ちっとも飽きませんね。
——そういうお話を聞いていると、食品づくりというより作品づくりの感覚に近い印象ですね。最大公約数的なおいしさというより、自分でも楽しくておいしさを突き詰めているというような、作家的な感覚に思えます。
小林 あー。そうかもしれないですね。私がパンイベントに行きたいと思うのも、つくり手さんの違いを感じられるからなのかも。しかもパンの場合はそれが100円とか200円で楽しめる。クラフト市なんかも好きなんですけど、行っても1点2点しか買えないじゃないですか。単価も違うので。それがパンだと気軽にいろいろ食べ比べることができる。
八ヶ岳でのライフスタイルも発信できるマーケット
西鍋 八ヶ岳ベーカーズでもそういう魅力をもっと感じてもらえるようにしたいです。
小林 カンパーニュとかは店舗で個性が出るので、みんなにつくってきてくださいって頼んでみたらどうですか? それでカンパーニュの食べ比べとかできるようにしたら、お店ごとの違いがすごくハッキリわかると思います。
西鍋 そういうのやりたいんですよね! 同じ種類のパンだけど、全然違うというのを見せたい。今後のベーカーズで少しずつ挑戦していきたいです。それと、もっとこの場所でやる意味というのを明確にしていけたらと思っています。前回もパンといっしょに食べられるようにROCKでスープを提供したりしていて、それはひとつここでやることの意味だとは思うんですけど、もっと「この場所だからこそ」というのを見せていきたいです。
小林 私自身はROCKという場所でやる意味を感じているんですけどね。清里にずっとあるお店で、いろんな人をつなげる拠点としてROCKを使っていこうという思いを感じています。うちみたいに実店舗営業してないところは、特に今回そういうところが嬉しかったんです。雑誌なんかでもパン屋さんを取り上げる特集があって、お声をかけてもらうこともあるんですけど、店舗がないというと最終的に掲載されなかったりすることも多いんです。私としてはお店を持たないという選択をするのにやっぱり葛藤もあったし、それでも普通のパン屋さんと同じように思いを込めてやっているので、悲しさもあるんです。でも、八ヶ岳ベーカーズでは「実店舗を持たないパン屋さんにも会えます!」って書いてくれて。そんなふうに紹介してくれたのはこれが初めてだったので、本当に嬉しかったです。
西鍋 そうなんですか! 私はむしろお店で会うことのできない方に会えるっていうのはすごいことだと思っているので、もっと伝えていきたいと思っています。
——八ヶ岳ベーカーズが、そういうこのエリアでのライフスタイルを支えることにも貢献できるなら、すごくいいことですよね。
西鍋 前回出店してくれた方のなかには家族で来てくださった方もいたんですけど、その子どもさん同士が遊んでたりしてたんです。それを見て、ただパンとつくり手さんの魅力を発信するだけじゃなくて、この地域で仕事をすること・子育てする良さみたいなのも伝えることができるんじゃないかと思いました。
小林 盛り上げたいですね。
西鍋 はい、もっと盛り上げていきたいです!今日はありがとうございました! 5月25日、26日の第2回でお会いできるの、楽しみにしてます。