ROCK誕生50周年を迎える今年、ROCKがまた新たなスタートを切りました。総支配人は変わらず三上浩太が、料理長の「菊さん」こと菊原和徳が総料理長となり、新たに西鍋早葵がマネージャ、「谷くん」こと谷合慧が料理長として現場を担当していくことになったんです。
今回は新旧4人の責任者に集まってもらい、この“バトンタッチ”の意味、新しい世代のROCKはどうなっていくのかなどを語ってもらいました。
ずっとROCKに居続けるとルーチンになってしまう
——今回のバトンタッチのきっかけは何だったんですか?
三上 そもそものきっかけはガーデン事業部を立ち上げたことです。今までもナチュラルガーデンカフェの運営とかをいろんな部署がやっていたわけですけど、去年あたりからナチュラルガーデンをどうしていくかという議論も進んでいたんです。ナチュラルガーデンはここまで10年かけてポール・スミザーさんが中心になって育ててきて、その結果微生物のネットワークが育ったり、生態系が生まれたり、すごいものができあがってきている。ただ、確かにすごいんだけど、その価値を可視化するのは難しいじゃないですか。つくって維持するコストはどうしても必要になるけど、そこから直接的な収益があるわけでもないですし。じゃあ、その価値をどうやって可視化して、会社の中心に据えていけばいいのかっていうのを考えてたんですね。
——今年のゴールデンウィークもガーデン周辺でいろんなことをやっていましたよね。
三上 はい。ナチュラルガーデンカフェの内容を考え直してみたり、新しく「グリル・ザ・ロック」って形でカフェエリアの中でお客様自らお食事を楽しめるようにしたり、この春はミニマムスタートですがいろいろ試してみました。こういうアイディアも、去年の議論のなかで出てきたものもあります。議論自体はステイになったことも多いんですが、こういうアイディアがいろいろ出てきたので、それ自体なかったことにしてしまうのはもったいないという意見もありました。それで、ガーデン事業部を立ち上げることにして、僕や菊さんもそっちに所属することになったんです。ROCKから完全に離れるわけじゃなく、僕は総支配人、菊さんは総料理長という肩書きで統括はするんですけど、より現場に近いところは新しい人に見てもらう必要が出てきた。それで西鍋さんと谷さんに話をしたんです。
谷合 去年の12月末くらいですかね? 最初は「え? え?」って感じでした(笑)。
西鍋 急でしたよね(笑)。「三上さんが忙しくなるからちょっと変わる」ってくらいに思って、軽い気持ちで引き受けたんですが、意外と話が大きくて。
三上 うちは長くやっている人も多いから、あまり感じないですけど、ふたりとももう3〜4年萌木の村にいるでしょ? 3〜4年って長いですよ(笑)。
谷合 それこそ菊さんなんてもう何年でしたっけ?
菊原 23年だね。
谷合 すごいっすよ。
——完全に離れるわけではないにせよ、菊さんがROCKのキッチンを離れるのってこの23年で初めてですか?
菊原 初めてですね。
谷合 ROCKのキッチンには菊さんがいるのが当たり前だったんで……。
菊原 うーん……俺も突然の話だったので最初は「え?」って感じだったけど、いい話だなとは思ったんだよね。年齢的にもいいかなっていうのもあった。ROCKはやっぱり忙しいから体力勝負だったりするし。今こじんまりしたところに行くっていうのはワクワク感もあった。実際やってみると意外と壁に当たっていて悩んだりもしてるんだけどね。コロナの影響もあって、なかなか思ったようにいってなくて。でも、可能性はすごくある。萌木の村で一番あるかもって思ってる。
三上 ワクワク感みたいなものはあるんですよね。今までどおりROCKにいるのは楽ではあるんです。忙しいけど、よくも悪くもルーチンにもなるし。ROCK自体も今まで上の人たちが抜けていくことって基本的になかったでしょう? そういうポジションも設定されてなかった。そうやって僕や菊さんがずっといることの弊害もあったと思うんです。もちろん僕らは僕らでいろんなことをやってきたし、やろうとしてきたんですが、僕らがいることによるやりづらさも、下の人たちにはあっただろう、と。さっきも言ったように完全に離れるわけじゃないから、依然やりづらさはあるかもしれないけど、少なくとも今まではこうやって交代していく、ポジションを変えていくような仕組みがなかった。その一歩目としてやっていこう、と。西鍋さんや谷くんだけじゃなく、さらにサブマネージャや副料理長も今回新しく作ったし。
良くも悪くも自由なROCKだからもっと自分色に染めていい
谷合 でも、まだ不安しかないです(笑)。4月から実際に料理長としてやりはじめて、キッチン内の人の配置やポジションごとの役割を考えたり、メニューも僕が考えたものでやりはじめているんですが、やっぱり怖さはあります。メニューにしても、今までは菊さんがいて、菊さんの考えた料理でずっとやっていたわけじゃないですか。菊さんの料理っておいしいんですよ。実際においしいし、そういう信頼感がある。それを今度は僕の考えたものでやっていくという怖さがあります。
三上 大丈夫だよ(笑)。
谷合 うーん…もちろんおいしいものをつくってるとは思ってるし、オペレーション的にもみんながつくれるようにしてるし、菊さんにも相談してるんですけど、この怖さにはまだ慣れないですね。特にROCKは1日何千人というお客さんが来る規模じゃないですか。僕は今まで大きくても100席くらいのお店しか経験がなかったんですけど、ここは250席でしょう? この差は大きいです。ビビっちゃう(笑)。
西鍋 私もやっぱりまだ「これで大丈夫かなぁ?」って感じです。三上さんは強い意志があってこれと決めたらやるってタイプですけど、私はそこまで自信がないというか、飲食の経験もそこまでないし、経営の目線もまだまだ足りない。ただ、前々からあった課題を解決していくところからだと思ってやってます。三上さんがROCKを直接統括していたときも、三上さん自身は忙しくてなかなか現場に出られなくなってたんですね。経営的な目線でROCKを見て大事なことは決めてもらってたんですが、やっぱり経営的な視点と現場の考えが食い違うことはあるじゃないですか。そこの橋渡しをする役割が必要だって話は以前からしていたんです。だから、現場と三上さんの橋渡しが最初の役割かなと思ってます。結果として少しずつですが、今まで三上さんがひとりで背負っていたようなことを、みんなで考える雰囲気にはなってきました。もちろん「みんなで」っていうのが必ずしもいいとは限らないとも思うんですが、それぞれが考える土台ができてきたなって思ってます。
谷合 今の僕らは個の力では三上さんや菊さんにはどうしても及ばないので、その上で引き継いでどうやっていこうかっていうのを考える必要がありました。それで、個の力でかなわないならチームワークやコミュニケーションをしっかりしていこう、と。それで毎週社員ミーティングをするようにして、思ってることや細々と課題……それこそ下げてきたお皿をきれいに並べようとかってことを出してもらうようにしていきました。そういう小さいことを積み重ねて、チームとして今までに負けない形にしていこうと意識してます。
三上 チームワークは本当によくなってて、いい形に向かってるなって思ってます。その上で、もっと大胆に、好きなことやっていいのにって思ってもいるんですよね。ROCKって何でもチャレンジできる場所じゃないですか。1日1日の業務をうまく回していくっていうのももちろん必要なんですけど、これだけの規模と歴史がある店を動かせるチャンスでもあるわけです。僕自身はROCKの火事からの再建や6月9日の「ROCKの日」の企画運営なんかがやっぱり大きな経験だった。「ROCKの日」なんかは「690人で乾杯したいね」って単なる雑談で思いついた話を、具体化して本当にたくさんの人を動かして、いろんな人が楽しむ場にできた。その経験は今まで生きてきたなかでもすごく価値があったことだし、得られたものが大きかったんですよね。ふたりにもそういう経験をしてほしいって思うんです。もちろん今まで仕事してきたなかで喜びを感じることはあっただろうけど、僕らがいなくなって自分たちでやらないといけないって状況の方が、感じるものは大きいと思うんで。
菊原 メニューにしてもROCKは規模が大きいから特殊な部分はあるよね。料理自体はパッと思い浮かぶんですよ。で、試作で1〜2人前つくってみて「いい感じじゃん」って思ってやってみるんだけど、実際にお店で出すとなると一気に何十人前もつくることになる。そうすると、イメージしてた味と違ってきたりするんですよね。俺は長くやっていくなかで、そういう部分も含めて自分の形をつくってきたけど、谷くんはまだそのイメージはできてないでしょ? だから、いろいろやっているのを見て、つい口を挟みたくなる。だけど、そこでいろいろ言っちゃうと結局今までと同じ、俺の形になっちゃう。だから、大変だと思うけど「まあ、やってみ?」って感じで見るようにしてます。三上くんも言ってるように、自由にできる店だし、「こうじゃなきゃいけない」って変な縛りもないから、ホールも含めていろいろやってほしいよね。で、やったことがまた経験として積み重なってくれば、そこで何かが生まれる可能性もいっぱいあるし。
三上 良くも悪くもなんですけどね、自由って(笑)。自由であることが店にとっていいことなのか、僕自身も悩んだことがあるんですけど、やっぱりROCKにとっては強みだと思ってます。今回このふたりを選んだのは「目的を持って生きてるな」って感じる人だからなんですよ。西鍋さんだったら地域に対する思いだったり、谷くんだったら料理に対する思いだったり。谷くんなんか、道の駅で売ってる野菜の話とか本当に楽しそうに話したりするでしょ? そういう思いが強いから、同じ目線で話せる。だから、ROCKってフィールドでそういう思いややりたいことをもっと試していいのにって思うんですよね。もちろん料理がおいしいのは大前提だし、お店も今まで積み重ねてきたベースがあるから、まずそこをしっかりやっていく必要はあるんだけど、1年もすればそういう土台は安定してくるだろうから。もっとハチャメチャに、自分色に染めていっていいと思うんですよね。
この場所にレストランがある以上、テロワールを表現しなきゃいけない
三上 今回50年の歴史をいろんな形で振り返って改めて感じたんですが、ROCKってやっぱりただ単にたくさん人を捌いて回せればいいってお店じゃないんですよ。たとえば僕は音楽が好きなので、71年にオープンしたときに店内でCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)しかかけなかったこととか、あの時代にザ・バンドの曲をかけていた意味とか、そういう部分にも魅力を感じるんです。そこにあった思いがいろんな人をつなげたり、ここを特別な場所にしてきたと思うんですね。「昔とは変わってしまった」って言われることもあるんですけど、今の時代の新しい形でまたROCKを面白い場所にしていかなきゃって思ってます。それは働く人にとってもで、ここで働く意義を見いだせる場所にしないといけない。
西鍋 やっぱり人を目的にお客さんが来てくれるお店にしたいというのは私も思ってます。「このスタッフに会たくて来た」って言われるような。たとえば去年ROCKは外国人スタッフがたくさん入ってきたんですね。最初は基本的な部分を覚えるところに力を入れる必要があったんですけど、1年経ってベースの部分はかなりできるようになってきた。だから今度はもっとその人らしさを出していけるようなことをやっていきたいと思ってます。そうやっていろんな人の個性が溢れてるのがROCKだと思うんで。
三上 外国から来たスタッフを増やそうと思って入れたわけじゃなく、いろんなことが重なった結果として外国人スタッフが増えたんですけど、本当に助かってるんですよね。彼らがいなければ乗り切れなかった日も多い。生まれた場所とまったく違う環境でこれだけできてる人たちは、やっぱりバイタリティがすごいし、お客さんたちの目的になるような人になれると思う。「夢は故郷のネパールでROCKを開くこと」って言ってる人もいるんですよ(笑)。それがどこまで本気かわからないけど、言葉に出るってことは少なくともそういうイメージはきっとあるんでしょう。だから、次は彼らの人生のことも考えてあげないといけない。どういうライフビジョンを描いていて、それをROCKでどう支えられるのか。
西鍋 その人の人生が豊かで、仕事にやりがいが持てて、生きがいにもつながってる状態じゃないと、仕事で個性って出てこないと思うんです。だから、仕事ももちろんですけど、プライベートもサポートしてあげたいと思う。それは外国人スタッフに限らず、初めてアルバイトをしましたって人とか、みんなそうですね。
谷合 料理で言えば、実際にはハードルが高くてなかなか難しいですけど、黒板だけのメニューっていうのがひとつの理想ですね。
——その日その日の食材ですべてのメニューを決めるという形ですか。
谷合 そうです。
三上 お、言ったね?(笑)
谷合 いや、理想ですよ(笑)。この規模で毎日その日その日のメニューというのは技術もオペレーションも、いろいろ難しいですけど、やっぱりこの地域って面白い食材がたくさんあるんです。でも、食材によっては1か月しか採れないとか、2週間くらいしか出せないってものもある。菊さんがよく山菜を採ってきてくれたりするんですけど、そういうものが採れるのは春先のほんのわずかな期間ですから。せっかくそういう土地にあるのに、メニューとして出せないっていうのはもったいないなって思うんです。難しいとは思うんですけど、1週間だけとか1か月だけとかってものもできたら面白いと思います。
三上 この規模でやるために考えられた形だけど、今のメニューの形が本当にやりたいことの弊害になってる部分もあるはずなんだよね。
谷合 個人店でもない限り、料理人のエゴでお店をつくるのってなかなかできない。だけど、方向性で言ったらレストランの価値ってそういうところにあるんじゃないかと思うんです。
西鍋 私もそう思います。ROCKってこれだけ規模は大きいですけど、チェーン店ではなくて地域のお店だから、地域のおいしいもの、地域の恵みを紹介するようなお店になりたい。おなかを満たすだけじゃなくて、「こんな食材に出会った」みたいな思い出もつくれるお店になれたらって思います。
三上 この場所にお店がある以上、テロワール(土地の特徴や風土)を表現しなきゃいけない。単純においしいものだったら、今どこでもできるわけじゃないですか。それこそコンビニだって今すごくおいしくなってるし、完全食みたいなものだってある。じゃあ、レストランがある意味って何かっていったら、この土地で採れるものを使って料理という表現でお客さんに感じてもらうことだと思うんですね。みんながそういう感覚を持っているというところまでは行けていないけど、徐々にこの感覚を持ったスタッフも増えてきてるし、この方向に進まないといけないよね。
「いい意味でROCKらしい」と言われるように
菊原 料理もね、普段のROCKだと規模もあるし、大半がカレーだったりするから、なかなか個別で考えるってことはできないけど、予約のときとかは「この人は何を食べたいだろう」「この日出せるものならどういうものだろう」とかって考えて料理を出せればいいなと思うよね。この前も外国から来たお客さんの予約があったんだけど、1か月くらいずっと「この人たちは何が食べたいかなぁ」って考えて考えて、当日になって「あれ? この人たち生もの食べられないんじゃ?」って気づいて、その場で炙ったりして(笑)。そういうのって悩むし、実際ずっと「胃が痛い」って思ってたんだけど、そうやって相手のことを考えてつくっていったことで喜んでもらったり、気に入ってもらえたりもする。普段は厨房にこもってるから直接お客さんの反応を見ることができないんだけど、そういうことがあると嬉しいよね。谷くんは人前に出るのも得意だろうから、どんどん出してあげてほしいな(笑)。
谷合 (笑)
菊原 ROCKってたくさんの人が来てくれるお店で、カジュアルなところが魅力でもあるんだけど、一方で本当にいい店に行っているような人も来るようになってる。そういう人たちに対して胸を張って対応できるようなお店にもならないといけないなって思ってるんだよね。「田舎のよくわかんねえ店」っていうんじゃなく。
三上 テロワールを表現する、スタッフも人として立つ。このふたつがやっぱりこれからの基本ですよね。その上で、60年代のようなグルーブ感を持ちたい(笑)。
——三上さんは音楽のイメージが強いですよね(笑)。でも、表現は違ってもみんな同じイメージは持っているように思います。
三上 この「ROCKらしさ」っていうのをもっと明文化できたらって思ってるんですよね。なかなかそれが難しいんだけど。今いい形になってきていると思うから、だからこそ慎重になるんじゃなく、ロックに行きたい(笑)。「いい意味でROCKらしいよね」って言われるように、ハチャメチャにできるんじゃないかって。僕らももちろんやっていくけど、谷くんや西鍋さんもそういうことができると思う。特に西鍋さんは人を惹きつける力があるし、ロックが培ってきた信頼や人のつながりを広げていけると思うし。
——話を聞いていると、バトンタッチというより新しいロックの顔が増えるという感じなんですね。
三上 そうです。そして、もっともっとこの輪を広げていきたいし、顔になる人を増やしていきたい。そのためにも、経営的にお店を存続できるようにっていうのは当然必要なんだけど、そもそも論として「俺たちの思いってここにあるよね」とか「これがいいよね」ってものを共有していく必要があると思う。僕や菊さんもそうやってきたし、そのなかで働く喜びをもっといろんな人に感じてもらいたいですね。