「すべての命をつなぐものづくり」を実現する道具が石
現代を生きる縄文人・雨宮国広さん

萌木の村の庭には2つのパーゴラがあります。日本でいえば藤棚のようなものです。このパーゴラをつくったのは、雨宮国広さん。栗の木の形を活かして木材にし、このパーゴラをつくりあげました。

手仕事のプロである雨宮さんは、現在石の道具に魅せられ、自らの手で石器をつくり、その道具で縄文の家や舟をつくっています。国立科学博物館主催の3万年前の航海 徹底再現プロジェクトで使う丸木舟をつくったことでも有名になりました。

もともとは匠の世界で大工をしていた雨宮さんは、なぜ今石器や原始の暮らしに惹かれているのか? 今回はそんな雨宮さんにお話を聞きました。

人の思い通りにならない道具が石

——雨宮さんといえば今では縄文の石斧を使ってのものづくりですが、いつごろから石斧を使うようになったんですか?

もともとはいわゆる匠の世界にいました。社寺建築とか、文化財修理とかそういうことにも携わるような。世界の職人たちと手仕事での小屋づくりを日本でやったりもしました。そのころは鉄の道具を使っていたんですね。萌木の村のパーゴラもまさかりを使ってつくったものです。金太郎さんが担いでるやつですね。

雨宮国広さん。衣装だけでなく、現在は普段も1年中裸足に半袖という生活を送っているそうです。

——あのパーゴラも印象的な形ですよね。

(萌木の村創業者で社長の舩木)上次さんが自分の活動を知っていて声をかけてくれたんです。あれは栗の木を使っているんですが、製材機だと曲がりくねった木の形を活かすことができない。それを生成りの角材にする技術がまさかりを使った昔の製材方法なんですね。上次さんは自分のやっている手道具の世界をすごく応援してくれていて、さっき言った小屋づくりもかなり支援してもらいました。そういう背景があって声がかかったんですね。

——まさに匠の世界ですね。

でも、そのころから自分のなかでモヤモヤしたものは常にあったんです。2010年以降、自分のなかで「すべての命をつなげるものづくり」というテーマを掲げていたんですね。自分のやっている、機械を使ったものづくり、鉄を使ったものづくりに疑問を感じてたんです。鉄の道具というのは人間ご都合主義なんですよ。人間の意図や考えが入り込んでいて、その意図を現実にしてくれる道具。人間が人間らしく生きていたらそれを危険だとは思わなかったけど、今ってやっぱり人間性を失ってしまっている。そのなかで機械とか鉄の道具を使っていると、非常に恐ろしい方向に進んでいく可能性があるなと思ったんです。

萌木の村の庭になるパーゴラ。栗の木の形を活かしながら角材にしてあります。

——恐ろしい、ですか。

環境が大切といいながらなかなか舵を切れなくて最後のところまで進みそうな勢いがあるでしょう? まわりの多様な生態系とか環境とかいろんなものを破壊しながらものをつくっている。それがバカバカしくなってきたんです。「なんで一生懸命、命を削って仕事しなきゃいけないんだ」って。それで「すべての命をつなげるものづくり」をしたいって思うようになっていたんですね。そんなころに出会ったのが石の斧でした。一番最初は2008年くらいだったかな? 竹中大工道具館っていうのが兵庫にあるんですけど、そこの「木を切る」っていう企画展でまさかりの実演を頼まれたんです。そのときに首都大学東京の山田昌久さんという教授が石斧体験をやっていて、そこで石斧に出会ったんです。そのときはまだ鉄の道具にハマっていたので「石の斧か、斧の原点だな」というくらいでした。でも、その翌年に山田先生に石の斧で栗の木を削るという実験をしたいという依頼があって、実際に使ってみたときに「石の斧ってすごいな」って思ったんです。

——すごいというのはどういうところが?

今まで自分がやってきたものづくりの仕事はすべてこの石斧でできるなと確信しましたね。それくらい衝撃的な出会いだった。自分が目標とする「すべての命をつなげるものづくり」ができる道具だと思ったんですね。さっきも言ったように鉄の道具って人間の意図を現実にしてくれるものなんです。俺はある意味、それができない道具と出会いたかった。石の斧というのはそういう道具だったんです。だから、震えが来るくらいの感動がありました。

人類史は石器の歴史

——それから石の道具にハマっていったわけですね。

そうです。それで、石の道具とこれから付き合っていきたいなと、覚悟を決めた。食べていけるのか、仕事になるのかっていう不安は当然あったけど、付き合っていこう、と。

——今日も持っていますが、この石の斧も手づくりなんですよね。どうやってつくるんですか?

河原とか海から石を拾ってきて、叩いても割れない強い石を選別して、斧の形にしていきます。基本的は手のひらに収まるような形にしていきます。一番最初のスタイルである握り斧ですね。形ができたら自然の石とすりあわせて刃先を研いでいく。これが3万年くらい前の遺跡から出ている石器の形です。

雨宮国広さんの石斧の先端部分。木の柄から外すと握り斧の形になります。

——それだけでもものすごい時間がかかりそうですね。

あー、でも石の研磨力ってけっこうあるんですよ。ざらざらの石なんかを使ってね。今日持っているこの石斧なんかも、速ければ10分か15分くらいで形はできます。刃は30分くらい。

——えー! そんなに速くできるんですか!

そう。これだけでもいかに現代人が、先史時代とか旧石器時代を学んでないかがわかるでしょ? それって学問をする上で最悪なことなんですよ。人類が現れて700万年といわれますけど、そのほとんどすべてが石器時代。人類史というのは石器の歴史なんです。そこを学べていないというのは、人間の暮らしを学んでないということじゃないですか。

——教科書でも石器時代のようないわゆる先史時代はほんのわずかしか触れませんよね。

テストにならないですからね。今の受験型の勉強じゃダメで、これからは答えのないものを学んでいくことが必要です。考古学でも遺物を調べるだけでなく、実験考古学みたいなことをやり始めている人も出始めています。実際につくったり使ったりして研究をしていくものですね。それってつまり想像の世界なんです。「物が残っていないから存在しない」というだけの考古学では先はないですよ。

木の柄に石をはめ込んで使っています。

——実際に石器を使って、石が欠けたことに考古学研究者の方が喜んだなんてこともあったそうですね。

そうそう。うちらは残念ですけど、欠けることによってどういうときに斧が欠けるのかわかる、と。そういうことって結局体験しないとわからないんですよね。これからの研究はこんなふうにいろんな分野の人たちが関わりながらやっていくと幅が広がると思います。

広範囲の交流と技術があった石器時代

——国立科学博物館が主催した3万年前の航海 徹底再現プロジェクトもまさに実践のプロジェクトですよね。

このプロジェクトをやってみると3万年前の人たちがいかにすごかったかがよくわかります。今回その道のプロが集まっても3万年前の人たちのレベルに達することもできないし、わからないことだらけなんです。当時の人たちの偉業にびっくりするばかり。旧石器時代や縄文時代の人というと野蛮で動物に近い存在だったと思っている人もいるんですが、決してそんなことはないんです。

——実際、当時どんな舟を使っていたんでしょう?

それはわからないんです。7500年ほど前の縄文時代の舟は部分的に出土しているんですが、3万年前となると世界でもまず見つからないと思います。そこが面白いんですよね。実際私たちの先祖は外海の荒波を超えて、大陸側から沖縄や九州、本州へと渡ってきているわけですから、航海可能な舟はあったわけです。だから、今ある舟の形とか、カヌーの経験者の話から想像していくこういう形なら渡れるだろうというアイディアを出し合って形にしていった。もちろん舟を安定させる方法はいろいろあるんです。今回も帆を付けるとか、転覆を防ぐアウトリガーを付けるという案もあった。でも、今回はシンプルな丸木舟でやったことに意味があったと思います。丸木舟でもあれだけの航海ができるんだということが実証されたことで、想像の幅が広がりましたよね。

——丸木舟というのは一番シンプルな舟ですもんね。

丸木舟って難しいんです。今回プロのクルーが集まったわけですが、それでも簡単に転覆する。乗組員の気持ちが合わないとダメなんです。ちょっと仲の悪い人たちが乗るとすぐ転覆しちゃう(笑)。今回のプロジェクトでは2日間かけて航海したんですが、その間転覆しないで漕いだというのはチームワークのすごさです。

——熟練した技術が必要なんですね。

今回は日本全国、さらに台湾からも人が集まって実行しています。それだけ広い範囲で人材を集めないと優れた人は集まらないんです。これが3万年前となったら、当時ひとつの村があったとして、そこにいた人はせいぜい20〜30人でしょう。当然子どもや女性もいる。男性の漕ぎ手なんて5人もいるかどうかでしょう。その人たちも全員がすごい人ではなかったはずです。そう考えると、外海を渡る航海をしようと思ったらかなり広い範囲に声をかけてクルーを集めないといけなかったと思います。つまり、それだけ広範囲の交流があったということだし、コミュニケーションも取っていただろうということが考えられます。石斧でマンモスを追いかけていた人たちというイメージとは違ってきますよね。文化や技術の蓄積もあったはずなんです。

略奪社会から循環型の社会へ導く道具が石

——教科書的な表記ではさらっと「大陸から渡ってきた」みたいに書かれがちで、何となく渡ってきたイメージでした。

何となくで航海はできないです(笑)。道具をつくるにしてもスペシャルな技術と道具の幅がないとできない。それだけの技術の蓄積が何千年、何万年とあったわけです。で、その道具が石器。人類史は石器がすべてといってもいい。石器ってシンプルで簡単に見えるけど、ものすごいものなんですよ。創意工夫が必要だし、使いこなすにも技術が必要。30年大工をやってきた俺でさえもまだこれを使いこなせていないと思っているくらいですから。それを考えると原始人ってどれだけすごいかというのがわかる。

——ひとつひとつクセもありますもんね。

そうです。それを自分が使いやすいように調整したり、自分の方が合わせたり、身体能力も必要になってくる。人間の思い通りにいかない。だけど、思い通りにいかないものに寄り添うのが人間の理想だと思うんです。人間って、やっぱりどこかに悪の部分もある。人間の思い通りになってしまう道具を使っていると、そういう部分が表面化して人間性を失ってしまう。武器にしたり、環境破壊の道具にしたり。それを押さえ込んでくれるのが石。鉄ってやっぱりつくるのにものすごいエネルギーが必要だし、それもすぐに錆びる。機械も壊れる。で、壊れたらゴミになる。循環型の社会には向いていない。石器というのはこれから世界が循環型になっていくときに必要なものになると思います。

——循環型の社会の重要性というのは今いろんなところで言われていますよね。

お話をしていると珍しがった子どもたちが集まってきます(笑)。

今って生産経済とかいっていますが、原始と変わらない獲得経済だと思います。もっと酷い略奪経済と言ってもいい。生きるために海の魚、森の木、あらゆるものを奪い取ってる。それは自然の恵みがなくなったときは終わるというのは目に見えてますから。本来人口だって自然に寄り添って生きるならこれくらいというのを自然が調整してくれていた。だけど、人間だけが森を切り開いてどんどん人口を増やしていった。それが本当にいいことだったのか? 結局自分の首を自分で締めているような気がします。

地球のためになる仕事を考えるのが今を生きる人の使命

——だからこそ「すべての命をつなぐものづくり」というテーマなんですね。

そうです。本当に必要なものは何かを考えて、ものをつくっていくということですね。縄文時代の遺物を見たって、出てくるのは土器とか装飾品とか限られたもの。朽ちてしまって出てこないものもあるかもしれないですが、やっぱりあまり命をいただかずに暮らしていたんじゃないかと思います。木を1本切るにしても、申し訳ないと思います。それ自体が命のあるものなのはもちろん、1本の木を切ればそこに住む生き物や、日当たりなどの環境も変わってしまう。多様性が失われるわけです。昔の人間や社会は、そういうことをちゃんと理解していたと思います。人間って一番思いやりがあって優しい動物だと思っているんです。だからこそ、人間以外のことを本当に考えないといけない。

——今の社会は人間のことばかりを考えているわけですね。

そう。でも、本当はそうじゃないですよね。多様性を守ることが宇宙船地球号に本当に必要なことなんです。みんな地球という舟は転覆しない舟だと思っているけど、いつ転覆してもおかしくない。お金や生産性ばかりを追うのではなく、地球のためになる仕事を生み出していかなきゃダメだと思いますね。お金にならないことを、夢を持っていろんな仕事を生み出してほしいし、そういうことを一生懸命やるというのが今を生きる人の使命だと思います。そして、それを認める社会にもならないといけない。

——雨宮さん自身はこれからどんなことをしてみたい、つくってみたいですか?

つくりたいものというのはもうあまりないですね。極論からいうと道具がなくても家はつくれちゃうし。自然のものを利用してもいいし、落ちてる枝とかを使ってもいいわけですから。舟もなくてもなんとかなる。どちらかといえば、より動物的に暮らすのに魅力を感じたりもします。

——ただ、やっぱり原始の暮らしというのは怖いです。危険にもさらされる。

でも、怖いものが何かというのがわからなくなるのが一番怖いですよ。この石だって凶器になる。でも、凶器にするのも人間なんです。だから、凶器にしない人間をつくる、人間性を失わないで暮らすというのをみんなでつくるのが重要なんです。大人はなかなか今の暮らしというのを変える決心が付かない。だけど、ちょっとずつでいいから変わらないといけない。そうやって新しい環境で育った人は今とまったく違う人間に育っていくし、環境に適応していきますから。生まれながらに悪人として生まれてくる人はいないですから、人間性を失わない人間を育てる環境を、これからつくっていかないといけない。できることは小さいことでもたくさんあると思います。

——「命をつなぐものづくり」というのは、萌木の村のものづくり、庭づくりなどにも通じる部分を感じますね。

そうそう。人間が動くとすべてが破壊されるような暮らしから離れないと。理想はそこです。

——ありがとうございました!

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