「旅をして自分の世界を広げながら生きていきたい」
——清里とも縁深い若きホールスタッフ・名取柊

ROCKの若手ホールスタッフのひとり、名取柊。今年の春大学を卒業したばかりの23歳です。

10代のころからROCKでアルバイトをしている彼は、ポール・ラッシュさんや萌木の村とも深い縁のある家の生まれなんです。実は本人はあまり意識したことがないと言いますが、話を聞いてみると清里の歴史や文化の影響を無意識に受けてきたのでは、という個性が見えてきました。

今回はそんな若手・名取柊のインタビューです。

「ポール・ラッシュのひ孫」世代、だけど意外と意識はせずに?

——柊さんは両親ともに萌木の村と関わりがあるんですよね。

はい。父(名取淳一さん)はオルゴール博物館(ホールオブホールズ)にずっといて、今は萌木の村のメインスプリングにいます。母もオルゴール博物館やホテル(ハット・ウォールデン)にいたりした時期がありました。それと、祖父母がポール・ラッシュさんの秘書だったんです。ポールさんが息子、娘のようにかわいがってくれて、「養子にしたい」なんて話もしていたらしいんですが、「ポール・ラッシュさんはみんなのポール・ラッシュさんだから」と断ったという話を聞いてます。そういうこともあって父は「ポール・ラッシュの孫」なんて言ったりもしています。

名取柊。

——清里、萌木の村とすごく縁深い家なんですね。

でも、僕自身は実はあまりその辺のことを知らないんです(笑)。父も家で仕事の話やポールさんの話をしないので。あまり意識させないようにしていたんですかね? だから、僕もここに来るまではあまり意識したことがなかったんです。ポール・ラッシュさんも歴史上の人物、教科書に載っているような人という感じで。だけど、ROCKでは(創業者で幼いころからポール・ラッシュさんと交流があった舩木)上次さんがいたり、ポールさんの話をする人も多くて、以前よりは身近に感じるようになりました。

——そうなんですね。ROCKとの関わりはどんな感じだったんですか?

清里が地元ですし、家族で食べに来たりしていました。冬の寒いほどお得フェアのときとかなんかはよく来ていました。

——働き始めたのはいつなんですか?

この春まで大学生だったので、ポツポツと入っていた感じです。一番最初は……中学校のときの職場体験になるんですかね。そのときはとにかく「忙しかった!」ってイメージしかないです(笑)。ちゃんとアルバイトとして入ったのは高校を卒業したあとですね。1年浪人していたんですけど、そのときに親に「暇なら働け」って言われて。

——それでROCKに。ROCKを選んだのはなんでだったんですか?

それも特にハッキリとした理由はないんです。家からも近いし、兄が働いていたこともあったから様子もわかったし、というくらいで。

——萌木の村がお父さんの職場というのも特に意識はしなかった?

それもあんまり。父の仕事というのをあまり意識したことがなくて。同じ萌木の村といってもオルゴール博物館とROCKだと案外離れてもいますし。だから、ふわっと入ってきてるんです(笑)。それでゴールデンウィークだったかに働き始めて、夏休みなんかにも入ったりするようになりました。大学に入ってからも長期休みだったり土日だったりに働いていました。

——萌木の村やポール・ラッシュさんと縁深いにもかかわらず、その辺からすごく自由な感じなんですね。意外です。

旅する人も多いROCKにやってきた若い旅人

——大学では何をやっていたんですか?

大学は東京農大だったんです。

——え、農大ですか。じゃあ農業を?

いえ、といっても僕が行っていたのは国際バイオビジネス学科っていう割と新しい文系の学科なんです。農業経営とかそういう関係の。

——でも、農業に興味があったとかじゃないんですか?

農業というより「国際」ってところに興味があったんです。海外に興味があって。大学に入るころからより興味が出てきたんですが、海外のいろんなものを実際に見てみたいなって思うようになったんです。大学の実地研修でアルゼンチンに行ったりもしたんですが。それもすごく面白くて。風景とか自然とか建物、街並み、食や文化とか、日本にはないものばかりじゃないですか。そういう知らないものを知りたい、自分の世界を広げたいって気持ちがあるんです。それで、卒業後も海外に行けないかなって思っていました。JAECって組織が農業関係で海外に行くプログラムをやっていて、それで海外に行こうと思っていたんですが、それがなくなってしまって。それでどうしようか考えていたんですが、「ならお金を貯めてどこかに行こう」ということにしたんです。

——それで卒業後もROCKに。

はい。今まさにお金を貯めているところです。

——どこに行くかもう決めているんですか?

いえ、まだハッキリは。ただ、アメリカはやっぱり興味があります。ポール・ラッシュさんのルーツでもあるし、父もアメリカに行っている。その文化を見てみたいですね。あとはヨーロッパとか。僕、スキーが好きなんですけど、ヨーロッパだとスキーもできますし(笑)。でも、どこというより本当、何でも見てみたいんですよね。だから、留学とかワーキングホリデーみたいな形でなく、自由に旅をしていろんなところに行きたいなと思ってます。1〜2週間とか、1か月くらい。

——ROCKはいろんな形で海外に行っている人も多いですよね。

そうなんですよね。そこも刺激を受けます。自由だなって(笑)。ROCKみたいなところってほかになかなかないと思います。ここにいるような人がたくさんいる職場って、たとえば東京とかにはほとんどないんじゃないかって。

——海外に行くために長期で休んで、また戻ってくるみたいなことに対してもすごくウェルカムですよね、ROCKは。

ですね。時代の流れでもあるんでしょうけど。

スタッフ自身も楽しんでいるのがROCK

——卒業後、お金を貯めるにあたってROCK以外のところで働くという選択肢は考えなかったんですか?

別のところへ行こうというのは考えなかったですね。ここで働くこと自体には理由やきっかけはなかったんですけど、働いているうちに楽しいと思うようになったんです。最初は忙しいしツラいって感じていたんですけど、だんだん慣れてきてそれが普通になってくると面白いんです、接客って。サービスって上限がないじゃないですか。基本的なことができるようになっても、もっといいサービスというのはあるはずだし、「いい」というのは状況や相手によっても変わる。余裕を持てるようになってからは、もっといいものをサービスとして提供したいと思うようになったんです。上限がないからこそ面白いし、成長もできる。失敗も経験だし、自分の失敗を今度は後輩に教えることもできる。終わりが見えないのが面白いんです。

——これだけ長く続いているのはやっぱり楽しいからですか。

そうですね。飲食というの仕事自体出会いが多いと思いますけど、ここは特にいろんな出会いがあるので刺激になってます。それと、イベントなんかも本当に楽しいです。

——先日も「ROCK Re:birthday」があったばかりですよね。

あれは特にすごいですよね。めちゃくちゃ盛り上がる。今年で2回目でしたけど、楽しくて楽しくて。エネルギーを貰います。ROCKのイベントってハロウィンなんかもそうなんですけど、スタッフ自身も参加する感じなんです。お客さんも「みんなで楽しもうぜ」って雰囲気で来てくれて、僕らも参加するように働いている。そこが本当に面白いです。

——じゃあ、お金を貯めて海外に行って、また戻ってきたらROCKで働くという感じですか。

はい。今はそんな感じで「旅をしながら生きていきたいな」って思ってます。20代後半くらいまではそんな生き方ができたらなって。働いて、旅に出て、冬はスキーをやったりして、あとは犬と暮らす。犬が大好きなんですよ。今シベリアンハスキーを飼ってるんですけど、犬は何でも好きです。海外へ行っていろんなものを見るなかでまた考え方や興味も変わるかもしれないですけど、今はそんな感じでスローライフみたいな生き方がしたいなって。清里でゲストハウスみたいなことをやるとか、選択肢もいろいろ考えられるし。

柊くんの愛犬・ヴェッテル。今年の「ROCK Re:birthday」にもやってきてくれました!

——でも、戻ってくるのは清里というイメージなんですね。

あ、そうですね。それも変わる可能性はありますけど、やっぱりここが好きなんだと思います。自然豊かだったり。大学は東京だったんですけど、そのときも鎌倉にある親戚の家に住んでいたんです。鎌倉も住宅街からちょっと行くと山があったり、自然が豊かでいいところなんですよね。でも、東京は人も多くて大変だなって。そういうところは合わないんです。犬と暮らすって意味でも自然豊かで広い田舎が合っているんだなって。

若い世代にとっても清里は楽しい

——お話を聞いていると、清里やポール・ラッシュさんというのを意識してはこなかったけれど、結果としてすごく清里がフィットしているし、ここの文化の影響を受けているという印象ですね。清里の景色ってどこか欧米っぽさがあるじゃないですか。海外の風景への興味というのも親和性を感じます。

確かに清里って日本っぽくないですよね。清里っぽい人というのも、そうかもしれない(笑)。

——そういう柊さんから見て、清里がこんなふうになればいいというイメージはありますか?

うーん……清里はもっとよくなる余地があると思っています。最近はいろんなお店や人もやってきて、面白くなってきてるなと感じてます。そういう盛り上がりがもっと広がっていけばいいなと思ってます。そのためには地元の人が頑張らないといけない。僕は今まであんまりそういうことに興味がなかったんでお店なんかもまだまだ知らないところが多いんですけど、いろいろ積極的に見て知りたいし、広めていきたいなって。イベントなんかも興味があるんです。ROCKのイベントにいろんな人が来てくれるのを見ているなかで、ほかのイベントにも行ってみたいと思うようになって。いろんなところへ行って世界を広げられるといいなと思ってます。そういう清里の面白いところを知って、同世代に広めたいですね。

——清里は年齢的に上の世代の人も多い場所ですもんね。

ROCKには若い世代もよく来てくれてはいると思うんですが、清里全体はそんなに多いという印象がないんですよね。僕ら世代の人、学生さんなんかにももっと来てほしいなって思ってます。そのためにも交通はもう少し便利になって欲しいです。やっぱり学生さんなんかだと電車で来ることも多い。電車自体もバスももっと便利になればなぁ、と。それは若い人だけのためじゃなくて、年齢の高い人にとっても大事じゃないですか。運転を辞める方も多いですから。運転しない人たちを呼べる環境づくりは重要だと思ってます。

——若い世代発信の企画やイベントなんかもあるといいですよね。

そういうのもあるといいですよね。清里って楽しいし、それが一番大事ですから。

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