【年末特別座談会】萌木の村を「本物の場所」にしなければならない
——舩木上次×ポール・スミザー×三上浩太

2018年もいよいよ終わり。今年も1年、いろんなことがありました。

今回は、そんな萌木の村の1年を振り返りつつ、三上浩太、ポール・スミザー、そして現在リハビリ入院中の舩木上次の3人が、これからの萌木の村、そして清里について改めて考えます。

一見好調に見えて追い込まれていた1年だった

三上 今年は火事からの復活から1年を迎えて、一見安定した年でした。僕自身も夏に役員になり、今まで以上に視野が広がって、面白さも増しました。火事のあった年よりも考えることは多くて、かつ、会社を変えていくというのはすぐにできるものではないというのを実感した年でした。

上次 そう、今年は実は火事のときよりも厳しかった。火事のあと、本当に潰れてもおかしくないことが何度かあったんだけど、それを奇跡的に乗り越えた。そのあと再建もできて、お客さんも来てくれていたから、自分のなかですごく安心していたんです。そういう隙が自分のなかにあったんでしょうね。実際には火事のダメージが今期にドバッと来た。火事のとき以上に追い詰められてしまった。火災のときに先送りしていたダメージがやってきて、さらに今働き方改革にも取り組んでいる。今までも苦しいときはあったけど、今年はそれ以上に苦しかったね。ダメかもしれないと思ってたんだけど、幸い今うちには若い三上くんとか外部から来たスミザーさんみたいな人たちがいる。そういう人たちのやっていることを伸ばしていけば、可能性があると思って、なんとか乗り切った。まだ乗り切ったと言い切れる段階じゃないですけど。

スミザー 今年は庭づくりも8年目に入って、ようやく中心になる部分の形が見えてきた。今までは萌木の村の人たちもどういうものをつくっているのかイメージしづらかったと思うけど、これでだいぶわかりやすくなったんじゃないかな。火事はもちろん大変なことだったけど、ある意味では萌木の村全体を考え直すいいきっかけにはなった。あれがなければ、駐車場と人や車の動線、Rock前の広場やホテル客室からの景観なんかまで含めて全部見直そうとはならなかったでしょう。

舩木上次。

上次 考えてみればROCKは最初に始めて20年ほどで新店舗にして、それから20年近く経って火事が起こってまた建て直している。20年ごとに新しい芽を吹かせていて、少しずつ進化していたんでしょう。ところが、清里ってたぶん30年前のバブルのころから変化していないんだ。そのころから成長していない人たちがたくさんいる。当時の価値観なんてもう求められていなくて、今の価値観に合わせて変わらなければいけない。それは清里だけじゃなく、日本全国どこもそうなんです。日本中の観光地がダメになってしまっている。実際僕と同じ時期に事業をやっていたところで今も残っているところは全然ない。

三上 それってなんでなんですかね?

上次 僕は運がよかったんだよ。運良く事業を大きくできなかった。あの時代ってお金を借りようと思えば銀行はどんどん貸してくれた。たとえば当時、100室とか200室とかあるホテルを建てるって計画を持ちかけたら、きっと融資してくれたでしょう。でも、清里の地価はどんどん上がっていて、しかも僕の場合はオルゴールにハマってしまったというのもある。オルゴールを買い集めていて、そっちまで頭が回らなかったんだ。だから、今みたいな規模で事業をやらざるを得なかった。でも、結果的に大きくならなかったから生き残ることができた。

スミザー 大きければいいってわけじゃないよね。今まであった「大きい施設をつくらないと人は集まらない」っていう考えは間違いだったってもうわかってるわけでしょ?広い駐車場の大きい店ができるとさ、今まであった小さいようなお店が潰れて、街が寂れていく。

上次 それと、ポール・ラッシュ博士の哲学みたいなものが、ほんのちょっとだけ俺に残されていたのかな。それも運がいいことだった。それがあったから、大きく脱線しないで済んだ。ただ、俺はその哲学をきちんと理論化できていないから、ときどきぶれるんだよね。萌木の村もそう。一番最初の萌木の村はすごく素敵だったと思うよ。ドライフラワー、彫金、素焼き、レザークラフト……みんなクラフトマン自身がやっているお店だった。それが脚光を浴びたんだけど、そうなるとどんどん売れるから、つくって売るんじゃなくてできあがっているものを仕入れて売る方が儲かるってなってしまった。

「きれいなもの」を知らなければ「汚いもの」も見分けられない

上次 でも、今またこうやってスミザーさんの庭っていう新しい芽に出会えたのも運のいいことだったよね。本当はもう5年くらい早く種をまいていたら、今ここまで苦しまずにすんだとは思うけど。事業っていいときもあれば必ず悪いときもあるわけだ。だから、いいときにこそ、今がピークというときに次の種をまいておかないといけない。それから下がっていくわけだから。

ポール・スミザー。

スミザー でも、庭はだいぶ形が見えてきたよ。全体像が見える状況になってきた。だから、これからはうちがやろうとしていることがどんなことなのか、お客さんに説明して、アピールしていかないといけない。今年はようやくその準備に入った年だった。で、説明するためには萌木の村のスタッフにも理解してもらわないといけない。

上次 それが難しいんだよ。スタッフ一人ひとりの質をコツコツ上げていかないといけないんだけど、田舎でそれをやるのは東京でやるよりも難しい。なぜなら、田舎っていうのは「きれいなもの」を見て育っていない人が多い。たとえば、スミザーさんはイギリスできれいなものを見ているわけ。だから「きれいなもの」と「汚いもの」の見分けがつく。ところが、清里の田舎で育った人たちは「きれいなもの」と「汚いもの」の見分けがつかなかったりする。それって目が見えればわかるってことじゃないんだよ。スミザーさんからすれば「あそこに汚いものがあるのに、なんで誰も気がつかないんだ」ってことがたくさんあるわけ。それはやっぱり育ってきた環境によるものなんだよね。だからこそ、きれいなものをつくろうと思ったら、働く人がどういうものがきれいなものなのかを共有していないといけない。ただ、反面、そういう会社でみんながリーダーになる必要はない。萌木の村のめざすものは「クリエイティブカントリー」だと最近思うようになったんだけど、クリエイティブって2人も3人もリーダーはいらなくて、一番クリエイティブな人間がリーダーになればいいんです。

三上 クリエイティブって最近、会話の中でよく出てきますよね。

上次 クリエイティブなカントリーというのがどういうものかというと、それは別にゴージャスではないんだよ。だけど、ゴージャスな世界で生きている人たちが見ても「すごい!」「素敵だ!」って感じるようなところ。それはまさに今スミザーさんがやっているようなことだよね。そして、運がいいことにそれをサポートする従業員もいる。ずっと庭の石積みをつくっているわけだけど、その作業を引っ張ってくれている輿水章一さんという人がいるわけ。彼は中途半端なプライドは持っていなくて、「スミザーさんのためにやる!」というタイプなんだ。中途半端にプライドがあると、反発して「俺はこっちの方がいい」とかってやり始めたりするんだけど、彼はそうじゃない。徹底的にスミザーさんが喜ぶことしかやらない。それがまさにクリエイティブでのリーダーと二番手の役割なんじゃない? 二番手は役割が違う。だから、あの石積みはこれから50年後、100年後にはたぶん「平成の石積み」なんて呼ばれるようになると思うよ。「あそこはすごい人がいたんだね」って。そのとき、実は「輿水さんというすごい人が支えてたんだよ」って話も語られると思う。

人間は間違っていても正当化するルールをつくってしまう

三上 50年後、100年後という話が出ましたけど、最近僕も未来のことをよく考えるんです。で、ほんの一例ですけど未来ではVRなんかももっと発達して、実際に外に出ることが珍しくなくなっていてもおかしくない。ここからまた一気にテクノロジーによって世界が変わるのは間違いないことです。その反面、今萌木の村でやっているアナログな本物の価値がすごく貴重なことなんじゃないかと思い始めてるんです。「生きる」というのをなまで感じられるような。戦後の日本も高度経済成長を経て大きな変化があったけど、今の時代ってさらに加速度的にいろんなことが変わっていく時代ですよね。だけど、社長もいっていたように、昔と同じことを続けている人も多い。そのギャップをどう埋めていくかというのがこれからの課題だと思っています。まあ、ギャップを埋めるのか、全く新しい価値観に変えるのか。テクノロジーもあれば、それこそスミザーさんのいうような微生物の世界もあるわけで。

三上浩太。

スミザー 地球の未来をつくれるのは微生物だけだよ、本当に。

上次 そういうのを考えると、人間がもっとバカだったらよかったのになって思うよ。猿くらいのレベルで、ちょっと道具を使える程度の能力だったら、ずっと持続可能な社会だったんじゃない? だから、頭がいい人を育てるだけじゃダメで、「頭がよくていい人」を育てないといけないんだ。頭がよくて悪いやつっていうのが一番害悪なんだよ。自然はさ、間違ったことをしたら間違った結果が出るわけ。ところが人間はルールをつくることができてしまう。だから、間違ったことをやっても「間違ってない」というルールをつくって正当化してしまう。世界はルールなんだよ。だから、間違ったルールをつくらせてはいけない。

三上 そういうなかで、萌木の村って一体何なんだろうというのは最近よく考えます。「クリエイティブカントリー」というのはもちろんあるんだけど、その前提となるような、いってみたら「ミッション」は何なんだろう、と。

スミザー 萌木の村はお手本なんだと思うよ。本物であり、正しいことができる場所。今、何をやっても正しくないことになってしまうでしょ? たとえば、買ってきたお茶を飲んだらペットボトルのゴミが出る。ここに来るのだって車を使って、ずいぶん地球温暖化に貢献してしまったな、と思う。そういうことを「本当はダメですよね」っていいながら続けているわけ。そういうときに萌木の村ってすごくいい場所なんだよ。すぐ近くに森があって、プラスチックとかでつくったまがい物でないもの、本物のものをつくってる。で、そういう環境にちょっと手を加えればさらによくなる。どこかにそういう「本物の場所」があるってことが、安心感になると思うんだよ。ここに来ると、自然とうまく共存していて、その上で楽しい時間を過ごせる。で、そこにお金を落とせば萌木の村がやろうとしていることがこれからもできるようになる。そういう場所なんだと思うよ。それが今は萌木の村だけだけど、街に広がっていったらいい。

上次 それってゴールはないんだよな。成長すれば成長するほど別の欠点が見えてくるから。

スミザー だから、あんまり大きくせず、ずっと続けていけるような形がいいと思うよ。

「やってはいけないこと」をハッキリさせておかなければならない

三上 持続可能というのは、環境もそうだけど、事業としても今年のテーマだったのかなと思います。働き方改革は確かに経営的には厳しいことだけど、従業員にとってはいいことで、働くことを持続可能にしてくれる。

スミザー 今回はちょっと早急で大変な部分もあったけど、長い目で見るとこれはやるしかないからね。人が疲れ切っててさ、子どもの相手もできない。それでいつの間にか大きくなってた、なんて生活、続かないよ。しかも、そんな状態じゃ、せっかくこういういい環境があっても、自然に興味なんて持たない子に育っちゃうでしょ? 今すぐ効果が見えるようなことじゃないけど、みんながいい環境で働けるようになるのは、萌木の村にとってすごくいいことなんだよ。

上次 それと、働き方改革は豊かな生活を知ることとセットじゃないと意味がない。つまり、どういう生活が本当に豊かな生活か、ということ。それがわかっていないと、休みが増えましたっていっても、その分パチンコ屋に行くだけになってしまう。スミザーさんなんかもそうだけど、ヨーロッパの人っていうのは豊かさというのを知っている。日本でも、俺たちはいつも理想を思いながら、現実のなかで徐々に徐々に変えていくという作業をやらなきゃならない。そうじゃないと結局豊かになれない。清里だってさ、造花を並べたりするところがあるわけ。それで、手入れはいらないし、枯れないしいいっていうんだよ。

スミザー 清里ってそうだよね。トイレにも100円ショップで買ってきたようなプラスチックの置物置いてたりさ。本物の自然があるのに、なんでプラスチックのものなんて飾るんだろう。

上次 僕はそういうものを全部ひっくるめて文化だと思ってる。で、豊かな生活を送る人が増えるためには、そういう人間を育てないといけない。たとえば、最近感じているの日本の空港。日本の空港ってどこも同じなんだよ。アイボリーとか白で、北海道でも沖縄でも同じ。アメリカの空港なんか、場所によって全然違う。日本みたいな環境のなかでずっと育っていたら、素材として感受性が強い人でも育たないよ。いいものをめざせなくなってしまう。機能とコスト、効率だけを求めていったら、人間が人間でなくなってしまう危険性がある。萌木の村って感受性の素養を持っている人はいるんだ。そういう人には機会を与えてあげたい。感じる能力を持った人間がリーダーになっていくような社会をつくらないとみんなが幸せにならないよ。

三上 すごくよくわかります。

上次 萌木の村って価値があるんだよ。でも、働いている人はそう思ってない人もいるかもしれない。こういうことをいっても「また社長が何かいってる」ってくらいで流されちゃう。だけど、萌木の村はすごいと思っている人を増やすことで、外から来た人たちの満足度も上がるんだよ。自信持ってないんだよね、うちの人たちは。

スミザー 自信と興味だよね。自分が個人的に興味を持たなきゃ、お客さんによさを説明することはできない。

上次 その度合いを上げていきたいんだよ。俺はそれを民度って呼んでるんだけど。民度っていうのは「風」なの。風土とか風靡とか、風習とか風景とか、すべて「風」。そして、その「風」の質の高いものが、最後「風格」になってくる。

三上 萌木の村にはそのためのコンテンツはもうあると思います。個人個人もそうだし、いろんなことを発信していけるはず。これからはそれをどう発信していくかを考えないといけない。

スミザー その方向性を示してあげないとね。

上次 方向性ってさ、絶対に正しいなんてものはないんだよ。50年後、100年後のことなんて誰にもわかんなくて、よりよい提案、方向性っていうのを示していくことしかできない。未来へタスキをつなぐ、その途中を受け持ってるだけなんだ。だけど、そのなかで何か重要なことがあるとしたら、「やってはいけないこと」をハッキリさせておくことなんじゃないかな。たとえば、清里の場合、八ヶ岳がキレイに見える場所があったら、八ヶ岳がキレイに見えなくなることはやってはいけないんじゃないの? 富士山がきれいに見えるなら、その最高の財産は守らないといけないんじゃないの? 50年後でも100年後でも、それは絶対やっちゃいけないわけ。

三上 なるほど。今日は久しぶりに社長のこういうお話も聞けてよかったです。来年はそういう部分を踏まえて、精一杯学び、実行していこうと思います。

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