総支配人・三上が聞く!Vol.07
「都市が都市として機能しなくなった時代に起きている地方バブル」
笹本貴之さん&大木貴之さん

ROCKの若き総支配人・三上浩太が「今会いたい人」「話をしたい人」に声をかけて、飲食店という枠を超えた話をするシリーズ「三上が聞く」。今回は今年10周年を迎えた「ワインツーリズムやまなし」を立ち上げた笹本貴之さんと大木貴之さんのおふたりをゲストに迎えました。

「ワインツーリズムやまなし」は2008年にスタートした、地元・山梨のワイナリーを巡り、作り手に触れ、ワインを楽しむことができるイベント。2日間で2500人を集める規模のイベントで、イベント集客だけでなく、山梨のワインの知名度を向上させ、それまで地元でもあまり飲む人のいなかった山梨のワインの市場を開拓してきました。そうした影響もあって、かつては空き店舗の多かった甲府の街は今では「山梨のワインが飲めるお店」が数多く並ぶほどになっています。

立ち上げメンバーである大木さんはそんな甲府で2000年から「フォーハーツカフェ」という飲食店を経営。また、笹本さんは現在ペレットストーブの展示・販売に加え、カフェ、シェアオフィスなどが複合する「studio pellet」というお店を開いています。

大木貴之さん(左)と笹本貴之さん(右)。

ともに1971年生まれと、1990年生まれの三上のふた周り上の世代のふたりは、今甲府の街や地方のあり方をどう考えているのか? 三上の尊敬する先輩に話を聞きました。

「山梨なんて嫌い」というふたりの出会い

三上 地域のために、山梨を盛り上げている人って考えたとき、実は僕の頭に浮かぶのってうちの社長とかよりも、笹本さんと大木さんのおふたりなんです。

大木 そんなことないでしょ(笑)。

三上 いやいや、本当に。おふたりはゼロから甲府の街を活性化させていったという印象で、じっくりお話を聞いてみたかったんです。おふたりの出会いのきっかけは何だったんですか?

笹本 たまたま大木さんの店(フォーハーツカフェ)に連れられていったのが最初の出会いですかね。2000年代の頭ごろです。当時俺はアメリカ、東京と働いて、実家の板金塗装の会社に戻ってきたところだったんだけど、地元に対して悔しさがあって。

三上 悔しさですか?

笹本 うん。「東京はすごいよね」とか「長野は自然が豊かでいいよね」とか、外に憧れるような声ばっかりだったんです。それでいて、自分たちから何かを発信したり、主体的に楽しいことをできていないという状況が悔しかった。

大木 今の若い人たちって「山梨大好き!」って人も多いけど、俺たちの世代って山梨のこと嫌いっていう感覚があったんだよね。地元なんて最低だと思ってた。だから、就職もみんな県外に出て行ったりしてたじゃん。

笹本 志を持ってて優秀であればあるほど外に出てったよね。

大木 戻ってくるのは夢破れて志半ばで地元に帰ってくる人ばっかりだった。だから、何か元気もなくてね。そういう状況が嫌だったんでしょ?

笹本 うん。「俺はそういうつもりで帰ってきたんじゃねえ!」って気持ちがあったから。

大木 俺も同じ頃に東京から山梨に戻ってきたんだけど、俺は無計画でね(笑)。東京で仕事を辞めたときに、奥さんが山梨に帰るっていうから「じゃあ、俺も帰るか」ってくらいで、何も考えてなかった。戻ってきて1年くらいニートやってたし。

三上 フォーハーツカフェを始めたのはどうしてなんですか?

大木 2000年頃の甲府の駅前ってさ、本当に真っ暗だったんだよ。シャッター街でさ、閑散としてて。それでいて街は広すぎた。だから、何か場所をつくっておかないといけないと思ったんですよ。清里にROCKという場所ができて、街が形成されていったように、街ってひとつ場所ができると、灯がともって変わっていく。何かそういうものをつくろうと思ったんだよね。

三上 地元が嫌いなのにですか?

大木 嫌いというか、微妙な感情なんですよ。世代としては嫌いって雰囲気だし、俺も別に「大好き!」とかではない。だけど、別に嫌いってわけでもないんだよ。「母親」に近いかな? 「大好き!」って大声でいうようなもんじゃないし、野暮ったかったりつまんないなと思ったりもするんだけど、人に馬鹿にされたら頭にくるじゃん。そういう感じなんだよね。

若さと勘違いのなかでぶつかった地元の壁

大木 それでお店を始めたんだけど、まあ安易に考えてたからさ。「俺がお店始めたらえらいことになるぜ!」くらいに考えてた(笑)。人いっぱい来ちゃってね。

笹本 俺もそういうところあったよ。俺が山梨で車の板金塗装とか修理工場をやったら、大変なことになっちゃうんじゃないかって。「もうこの辺の車産業なんて全部牛耳っちゃうよ?」みたいな(笑)。

大木 勘違いしてる時期だよね(笑)。

笹本 まさに「山梨なんか早く出ていきたい」と思っていた人間だから、自意識過剰だったり自信過剰になっていて、「俺がやるんだ!」って思ってたんだよ。だけど、店を立ち上げるとか家業を継ぐっていうと、実際にはなかなかうまくはいかない。地元の長老なんかともぶつかるし、板金塗装では全然思うようにできなかった。それで俺は車業界でなく、別の分野で独自のことをやろうって決めて、家業は弟に任せることにしたんです。それも今考えると安易なんだけど。

大木 俺もまあまずお店が借りられない。空き店舗になっているところを回るんだけど、どこも断られる。お金も金融機関では相手にしてくれないんだよ。「水商売には貸せません」って感じで。でもさ、あのままじゃつまんないと思ったんだよね。当時ってまだブログもできていないころで、今みたいにInstagramとかSNSでひとりひとりが情報発信して文化や場所をつくっていくって時代じゃなかった。情報は東京からメディアや大手企業によってもたらされる時代だったんだよね。それは日本中、世界中がそうだった。そのなかで山梨なんて本当に最後の最後というような場所で、たとえばスタバが日本各地にできるってときに、たぶん最後の方でようやくできるのが山梨だろうって感じだった。そういう街じゃなくしたいじゃん。みんな週末にショッピングモールに行くのだけが楽しみとかじゃなくてさ、文化があるような街の方が楽しいでしょ?

三上浩太。

三上 そういうときに笹本さんと出会ったわけですね。

笹本 そうですね。「街をどうにかしたい」っていう人はあの頃もいっぱいいたけど、たいていは本気で何かするわけではなさそうな人でね。でも、大木さんは本気度がちょっと違うなって。それでいっしょにいろいろやることにしたんです。2003年に「KOFU Pride(甲府プライド)」って勉強会を始めたり。

三上 その勉強会からワインツーリズムが生まれるわけですね。

今って地方バブルだから

三上 今年で10年目を迎えたワインツーリズムは山梨のワイン産業を変え、甲府でも地元のワインを扱う店が急増しました。今では甲府の駅前はいろんなお店ができて、空き店舗がないくらいになっていますよね。大きな成果を上げた取り組みだったわけですけど、それを立ち上げたおふたりは今何を考えているんだろう、というのを聞きたいと思っているんです。

笹本 俺はますますわかんなくなっちゃってる。地域貢献、活性化って何かなって。

大木 混迷中?

笹本 うーん……。30代のころはさ、目の前にやりたいことがあったり、これをやってみたら面白いんじゃないかという想像力があって、それをそのまま実行するってだけだったわけ。それでノリと勢いに任せてワインツーリズムを立ち上げて、その後俺は退いて、ひと区切りを付けて改めていろいろ考えるんだけど、そのころとはまた違う難しさとか課題を感じてるんだよね。

大木 俺は今って地方バブルだと思ってるよ。みんな「地方がいい!」「面白い!」っていって、古民家の改装したり、新しいお店がいっぱいできたり、それはもちろんいいんだけど、歪みは感じてるよ。今みたいなことやってたら、みんな生活できなくなるんじゃない?って。

三上 確かにバブルなのかもしれませんね。

大木 うん。で、飲食店なんかはもういっぱいいっぱいだよ。自分でやってても、「1軒に10人お客さんが来てた」のが「10軒に1人ずつお客さんが来る」ようになったって感じ。そりゃそうだよね。人口っていう母数は減ってるんだから。年間の売り上げが着実に落ちていってる。たとえば、4人組のお客さんが1組来たらだいたい1万円くらい飲んだり食べたりしていくでしょう? それが新しいお店に行ってみようか、と1組流れる。1か月に20日そういうことが起これば20万円、年間で240万円売り上げが減ることになる。今から始めるって人はこのことに気付いていないんだけど、昔からやってるとそれが如実にわかるわけ。地方で今感じるのは、まさに甲府がそうなんだけど、人口が減ることで都市が都市として機能を果たせなくなってるということなんです。

三上 そうなると、外から来る人を増やすか、ということになる。

大木 そのためのワインツーリズムだったわけです。もちろん、これをやることでもともと地元ワインを扱ってたうちは競合が増えることになるとも思っていたけど、まあでも、山梨のワインが飲めるお店が増えたら今よりいい街になるかもって思ったからね。実際本当に増えて、今甲府に70軒とかあるでしょ、山梨のワインが飲めるお店ってやってるところ。

笹本 昔は本当になかったもんね。山梨のワインを飲めるお店なんて。

三上 ただ、お客さんの増加の限界を超えているから、結局奪い合いになっているということですね。

この日の鼎談は甲府市にある「studio pellet」で行いました。カフェにはジェラートなども。

笹本 そう、だからね、バブルていうけど、俺はちょっと違うかなとも思うんです。もちろんお店はすごく増えた。15年前を考えると信じられないくらいだし、もちろんいいお店もたくさんある。だけど、果たして個々がちゃんと食えてるかっていうと甚だ疑わしい。昔のバブルはお店が増えて、その上ですごく儲かっていたわけでしょう? それを考えるとね。

キャパを超えて人を集めても活性化にはならない

大木 人を集めるイベントなんかでもちょっと疑問を感じたりすることがあるよ。たとえば、この前甲府でディズニーのパレードがあったでしょう?

三上 今年(2018年)9月に甲府の平和通りでやったやつですね。

大木 そう。あれも本当にたくさん人が来てね。もちろんそれはそれでいいことなんだよ。でも、あんまりにたくさん人が来すぎたから、うちもスタッフがお店まで来られなくなっちゃった。それで、俺がひとりでお店を回すことになっててんやわんやで。で、お店閉めたあとほかの人とも話をすると結果的に売り上げはボチボチだったり、身動き取れなくてお店閉めてたりするわけ。そうなっちゃうとさ、せっかく人が来ても逆にお店としては迷惑になっちゃう。イベントって人が集まれば集まっただけ大成功ってわけじゃないんだよ。街としてのキャパシティを超える人が集まっても意味がないし、きちんと消費が落ちてくる仕組みじゃないと誰も活性化されない。

笹本 それは俺も大木さんに教えてもらったことだし、お店をやるようになって実感するようになった。「今日はなんかお客さんが少ないな」と思ったら近くでイベントをやってたなんてことがある。そうすると「イベントって何のためにあるんだろうな」「地域活性化ってなんだろう」って改めて考えちゃう。

大木 ワインツーリズムってそこの部分をすごく考えていた。コミュニケーションがほしいひとにはコミュニケーションを渡すし、お金が欲しいひとにはお金が落ちるようにする。そういう人間の行動や消費デザインを考えてやっているわけです。だから、(ワイナリーが集まる山梨県の)勝沼は人口が減ってるけど店舗は増えてる。イベントってここをちゃんと考えないといけないんです。その消費デザインというのが、商売をやっている人は肌身に染みてわかっているけど、そうでない人はわかっていなかったりする。

笹本 ワインツーリズムが公のお金で回す形になってないのもそういうことなんです。本当に地元の人が自分たち、地元のためというのを考えてつくっている。だから、反省会もすごかったよね。

大木 イベントの反省会って「やったね!」「大成功!」で終わっちゃいがちなんだけど、ワインツーリズムの反省会は本当に反省だもんね。問題意識があるから、しんみりしてるし激論になったりする。

笹本 俺はそれこそが楽しかったんだと思うよ。公共のものとしてやらず、本当に地元の人といっしょに、「地域にとって重要なことは何か」というのを考えたことこそが、ワインツーリズムの最大の成果だと思う。

都市と地方の歪みを正さないといけない

三上 今おふたりって、これからどんなことをしていこうと思っていますか?

大木 俺はもともと逆張り派っていうのもあるんだけど、今さらだけど東京にも目が向いてるかな。これだけ地方最高!みたいになっちゃうとね、あまのじゃくだから。

三上 逆に都市が面白い、と。

大木 うん。問題が多いからね。俺はもちろんちゃんと儲けたいんだけど、ただ儲ければ楽しいわけじゃない。むしろ社会変革を起こさないような事業って興味がないんですよ。それは世代の責任としても感じたりする。俺たちの世代って、上の世代がつくった、大きな企業が大きな市場から集金していくようなシステムのなかで育ってきたわけだけど、その歪みが出てきている。今の状況もね、地方が活性化するといっても結局東京の消費に頼っている部分が大きい。一方でさ、うちのお店に大量に野菜が届いたときにいまだに東京で「野菜不足!」「高騰!」とか報じられるわけ。それって何なんだろうって思うじゃん。この歪みを正さないことには次の世代に渡せないって思うんですよ。

三上 新しい仕組みが必要ということですね。

大木 そう。東京がいいかもっていうのも、「もう山梨はやめた」ってことじゃなくて、都市と地方をつなぐ存在が必要だなと思うんですね。たとえば、今地方でお店をやろうって人が来るとき、みんな東京の仕事を辞めて来るでしょう? でも、来てから初めて地方のいろんな実態を知るわけ。それって危ないでしょ? 俺がたとえば東京にお店なり、何らかの場所を持っていたら、そこで働いている人がこっちのお店に来てみることもできる。そうすれば地方の実情もわかって、「地方へ来よう」にしろ「やっぱり東京でやろう」にしろ、判断ができる。その方がいいじゃない。販売にしても、百貨店に卸せば東京に収益の一部が吸われてしまう。だけど、直接販売までできたら、全部地方に入ってくる。そういうチャネルをつくることで、山梨はまた変わるのかな、と思うんです。

縮小する市場で「普通」の仕事を成立させる

笹本 俺は割と違うことを考えているかなぁ。ワインツーリズムをやることで、多少なり地域が活性化したとは思うし、やらなかったよりずっとよかったとは思っているんです。でも、個々のお店が十分に潤っているとはいえないし、ワインというのは特殊なものでありすぎたとも思うんです。

三上 特殊ですか?

笹本 ワインツーリズムでやったのは「山梨のワイン」というここにしかないものでしょう? 今俺が考えているのは、もっと普通の業種、産業のことなんです。それこそ板金塗装、車の修理とか、林業とか。それってどこにでもある、どこでもできる仕事なんです。そういうものがきちんと成り立つ場所にするというのが、本当に地域の活性化なんじゃないかって思うんです。

大木 いわば「小商い」だよね。

笹本 うん。車の修理なんかまさにそうでさ、実は俺と同じ時期に山梨に戻ってきて修理工を始めた人がいるんだよ。商圏でいったら半径数km、下手すると何mという世界かもしれない。とにかく地元に住む人たちだけを相手にした商売なわけ。俺は言ったとおりそこに将来性はないって思ってやめちゃったわけだけど、10年以上経ってみるとさ、3人でやっていた彼の修理工場は今15人くらいの規模になってる。それを見ると、俺は今まで何をやってたんだろうって思っちゃうんだよ。

三上 かつて消えていった「街の電気屋さん」のような形態ですね。

笹本 そう。今やっているこのお店、ペレットストーブの販売もそうで、いってみれば特徴なんて何もないんです。あえていうなら「ちゃんとやる」というだけ。「ちゃんと」というのは、細かく燃料の販売をしたり、メンテナンスの案内をしたり、そういう地元だからできることを網の目のようにやっていくこと。これからどうやっても人口は減っていくなかで、全体の市場規模というのは縮小していく。そのなかで人を奪い合ってもダメだと思うんです。結局どこかが増えればどこかが潰れるだけなので。でも、こういう「普通」の仕事って縮小するなかでも、必ず地域地域で求められるものなんです。それがきちんと成立する形を考えたい。それができれば、ここでやっていてダメだったというとき、別の場所で同じ事業をやれるかもしれない。「ここにしかない」という特殊なものに頼らずに、地方でそれぞれが自信を持ったりプライドを持って食べていけるといいなって思うんです。

店内に並ぶペレットストーブ。ペレットストーブはおがくずなど乾燥した木材を燃料・木質ペレットを燃料にした暖房です。

三上 今の人口規模と商圏で成立する仕組みを考えるということですね。

笹本 そうです。このお店でシェアオフィスをやっているのもそういうこと。小さい事業の一番の敵は固定費ですから、それをとにかく小さくしてあげたい。加えて、シェアオフィスだと別のところに来たお客さんと出会うチャンスにもなる。

三上 面白いですね。商圏を拡張したり、変えていこうと考える大木さんと、縮小する街のなかできちんと商売が成立する形を模索する笹本さん。ワインツーリズムの立役者であるふたりですが、地方都市の課題に対してすごく対照的な視点を持っているんですね。

大木 正反対だね(笑)。

笹本 勉強会のスタートから15年経って、違うところを見るようになったのかもしれないね。

三上 視点の異なるおふたりがこれからどんなことをやっていくのか、今後も楽しみです。今日は本当にありがとうございました!

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